第14章 距離
「…そんな渦中の人達と暮らしてたんだもの。疑いをかけられて当然よねっ」
すみれは困ったように眉を下げ、「あはは」と乾いた笑いをする。その姿は誰から見ても痛々しかった。
「でも、すぐに疑いも晴れて。この通り」
「…何で、疑いも晴れたのに!ココにーー黒の教団に、いるんさ?」
「…他に、行く所なんて。私にはないもの」
「ッ」
ラビはこの質問をした事を、とても後悔した。
すみれがあの叔父達以外、身を寄せられる人がいない事は百も承知だった。黒の教団に身を寄せた理由なんて、すぐ見当がつくはずだった。
「疑いが晴れたあと、どうしていいかわからなかった…何もかも、わからなかったの」
すみれはぬるくなったコーヒーのカップを、両手でぎゅっと握る。
彼女は叔父達と一緒に暮らしていたものの、ブローカーやAKUMA、千年伯爵等の関与は皆無だった。むしろ被害者である。
黒の教団は行く宛のないすみれに、ここでの暮らしと仕事を与えた。
「黒の教団で保護されたあと、アジア支部で衣食住と仕事をもらったの」
「アジア支部?」
「黒の教団には、いくつか支部があるの。ここが本部。支部のうちの1つにアジア支部があって、そこで科学班見習いをしてた」
「アジア支部には、どのくらい居たさ?」
「えっとね、アジア支部にいたのはほんの数カ月だけだったの。見習い期間がすぐに終って、新人として黒の教団本部に配属になったんだ」
そして今に至る、と。
「そうだったんか…でも、ずっとここで働く必要も、」
「あるよ」
すみれはラビの言葉をやさしく遮った。
「“無知は罪なり”」
「…哲学者・ソクラテスの言葉、さね」
「もうずっと、この言葉が離れないの」
突然そんな事を言い出したすみれに、ラビは首を傾げる。
彼女は何を言いたいのだろう。
「私は、無関心だった。
叔父様や叔母様のコトも、家のコトも、友人や周囲の出来事にも……自分のこと以外、何もかも。
正直、どうでも良かった」
片手で顔を覆うすみれの姿は、神に懺悔するようだった。
「私が近しい人達に、ちゃんと関心があったら。叔父様達の悪事に気づいたかもしれない…被害者が少なかったかもしれない」