第14章 距離
自分の目の前にすみれがいることが、夢ではないかとラビは思う。このコーヒーの湯気のように儚く消え、覚めてしまうのではないか、と。
あの時ーーすみれと今生の別れを覚悟した時、蓋をした感情が今になって溢れ出す
(ーーーあぁ、これは)
嬉しさ、切なさ、悔しさ 恋しさ
セピア色に枯れた花が、水を得て命を息吹かえしたように。感情が色鮮やかに咲き乱れ、すみれを直視出来なくなった
「…よかったさ」
「え?」
「生きててくれて、本当によかった…っ」
ラビは頭を垂れているため、すみれに彼がどんな表情をしているか見えない。しかし、声音は僅かに震え、心底安諸した様子がひしひしと伝わる。
「っ、…私ね、」
すみれはあえて明るい声のトーンで話し出す。
ラビが心配してくれた嬉しさと、そんな思いをさせてしまった罪悪感で、胸が押し潰されてしまいそうだった。
「黒の教団に、保護されたの」
「…えっ?」
「あのあと…ディックと別れた後、すぐに」
「だから、大丈夫だったよ」とすみれは何事もなかったように明るく話す。
しかし、ラビの表情は一転し暗雲が立ち込めた。
「保護?」
「…まあ、正しく言えば。ブローカーの疑いがかけられて、保護されたんだ」
「な"…!」
「あっ!でも!大丈夫、酷い事なんてされてないよっ!疑いはすぐ晴れたしね!」
すみれは自身の顔の前で両手をぶんぶんと振り否定する。ラビの不穏な空気を察知し、慌てて補足した。
「…AKUMAとか、千年伯爵とか。どんな存在なのか、あのあと初めて知ったよ」
「そんなん、普通の人は知らないさ」
「ははっ…やっぱり、あの時からディックは知ってたんだね。
叔父様と叔母様は、ブローカーだった」
先ほどとは打って変わり、すみれは淡々と話し出す。
当時、すみれが暮らしていた街で、上流階級の貴族や富裕層ばかりの不審死が多発していた。黒の教団のファインダーがAKUMAやイノセンスの関与を探索していたところ、すみれの屋敷に目星を着けたそうだ。
「ファインダーが叔父様や叔母様の調査をしてたところ…。二人の悪事をキッカケに、あの屋敷を中心に、戦争が起きた。」