第13章 現在に至るまで
「俺は仕事がある。見届けなきゃなんねえさ。俺は大丈夫だから、すみれは生き延びろ。
ーーーーお願いだから、死ぬな。」
良い子だろ、と俺はすみれの乱れた髪を掻く。俺が贈ったへアアクセサリーがキラッと光を放った。
(あぁ…)
すみれと過ごしたかけがえのない日々が蘇る。
この手をすぐにでも手放さなければならないのに、手放したくない。サヨナラしなくてはいけないのに、まだすみれの傍に居たい。
嫌だ
サヨナラなんて、絶対に嫌だ。
「…わかったよ」
「ッ!」
俺が心の葛藤でその場から動けないでいると、すみれから声をかけられた。
「ディックの、言う通りにする……助けてくれて、ありがとう。また 会えるよね?」
「…っ」
先程負った頬の傷から、血が流れ出ているようだ。頬に生暖かいモノが流れ落ちた感覚が伝う。
「ーーーーーーーーああ。」
二度と会うことなど無い。
けれど俺にはこの返事以外、返す言葉が見つからなかった。
すみれは一瞬、ひどく悲しい顔をした。と、思ったが、再びすみれに視線を戻すと、そこにはいつも見慣れたすみれの笑顔があった。
先程の、失意と絶望に打ちのめされた彼女は何処にいったのか。
「なんでさ…ッ」
なんで、この状況で笑えるんさ
俺達を追い込むように、戦火はバチバチと音を立てる。すみれの屋敷だけではなく、街の建築物が爆弾によりどんどん姿を瓦礫に変えていく。
俺とすみれは、今まさに戦場の中心にいる。
すみれは動けない俺の横を、何事もないように通り過ぎる。
「ディック、ありがとう
また、ね…ッ!」
そしてすみれは俺を残して、裾がボロボロになったドレスを翻しながら1人で走り去った。すれ違いざまに、見えたすみれは
泣いて、た
「すみれ…ッ」
なんて呆気ない別れだろう。
あんなにも楽しい日々を重ねたのに、大好きな人との別れなのに。感謝の気持ちどころか、きちんとサヨナラすらも言えなかった。
バキバキバキバキーーーッ
戦火により命を絶たれた木々が次々と焼け落ち、俺と走り去ったすみれの間に倒れていく。
俺が出来た事は、戦争の真っ只中に彼女を放り込むことだけだった。