第13章 現在に至るまで
俺は足を止めることなく、すみれの手を引き走り続ける。
もうすみれとの別れのカウントダウンが迫っている。
「すみれ」
「…」
「すみれ、聞いて」
「…うん、ッ…」
苦しそうなすみれの声にも関わらず、返事が返ってきただけで、嬉しくて胸が熱くなる。
だってもう、すみれの声を聞くことなんて一生出来なくなるのだから。
すみれに出会えた事、一緒に過ごした事
ーーーー好きになってしまった事
後悔していない。
これっぽっちも、していない。
すみれと別れがある事など、分かっていた恋であったけど。きっと俺には必要な事だったと思う。
例え、ブックマン後継者としてタブーを犯してしまったとしても、何1つ後悔などしていない。
すみれなんて、歴史に名を残すことなどない人生だろう。
だけど、
俺はすみれの事を、すみれとの思い出を。ずっと心に抱いて生きていくと思う。
すみれと出会えて、本当に良かった。
身が引き裂かれそうに心が痛い程、切ないけれど良かった。
こんな状況にも関わらず、ふと夜空を見上げると星たちは輝いていて、俺は自然と笑みを浮かべていた。
覚悟が、きまったさ。
「……すみれ、ありがとさ」
「…えっ?」
この感情は恋なのか、愛なのか。
それすらも分からないほど俺はガキだけど、すみれの事は人として、女性として、大好きさ。
それだけは間違いない。
だから、
そんなすみれが自分の目の前で命を落とす瞬間とか、他の男と幸せになる姿とかを見るのは、きっと耐えられない。
せめて、綺麗な思い出のままでいさせて?
「ーーーー振り返らず、行くさ。この戦場から逃げろ。」
爆薬により建物が崩壊し、周囲には火の粉も上がっている。どうやら別れを惜しむ時間すら、与えてはもらえないようだ。
「ディックは…?!一緒に逃げなきゃ!」
走り続けていたため、一度走りを止めたすみれはその場に座り込んでしまった。俺はすみれの腕を持ち上げ、立たせる。
(ーーーーーすみれ)
すみれの肩に手を当て、しかと両目を合わせる。すみれの黒い瞳が、俺を映す。
(ごめんな)
ーーーーーサヨナラ、さ。