第13章 現在に至るまで
苦しかった
自分の本心と向き合う術を、見つけられなかったから。ブックマンに、心は必要ないから。
そんな時。
俺の壊れた心のドアを、そっと叩いてくれたのはすみれだった。
バタバタバタバタバタ……
バンッ
「やっと、屋敷の外さ…!」
屋敷の扉を開けると、真暗な暗闇が広がっているかと思いきや。そこには憎らしいほど美しい満点な星空がどこまでも続いている。
「すみれ、大丈夫さ?!…もう少し走れるかっ?」
「…うんっ…ゲホッ」
しかし、自分達の足元は、屋敷は半壊し周囲は戦火の火の粉が上がり始めていた。
建物の崩落音や爆発音も激しくなっている。
なんとか切り抜けられたものの、油断は出来ない状況だった。
そして、俺の目に飛び込んできたのは
ーーーーーブックマンの、じじいの姿。
「ーーーッ」
それはブックマンとしての仕事が、使命が。歴史の記録が始まる事を示していた。
じじいに何度も教え込まれたセリフが、瞬時に脳裏に甦る。
“おまえは何者か?”
ーーーブックマンを継ぐ者。
“ブックマンとは何か?”
ーーー歴史の傍観者であり、記録者。世界の裏歴史を書き留め、後世へとつないでいく者。
“ブックマンはどうあるべきか?”
ーーー情を移さず、情に流されず、様々な人々と言葉を交わし、そして何事もなかったように去っていく。
感情は不要。我らは歴史の傍観者。
それがブックマンとなる者の定めであり、掟ーーーーー。
汗ばむ手で、ぎゅっと握りこぶしを作っていた。
(俺は…っ!)
ブックマンを継ぐ者。
それは絶対に何があろうと変わらない。
だけど、
「…最初で、最後さ」
じじいの教えを、ブックマンとなる者の定めを破るのは。
「説教は後で聞くさ…っ!」
説教で済めばいいのだが。
俺はすみれの手を引き、じじいの横を走り去った。
じじいは俺を止めることも咎めることもせず、何事もないようにその場から動かなかった。
(俺は…ッ!後悔したくないッ)
すみれは、幸せだったのか?
(まだ何も…何1つ、叶うどころか、報われてすらいないっ)
この戦火から逃れて欲しい。
(でも本当の理由は、そんなキレイなものじゃなくて…ッ)
俺が、すみれの傷付く姿を。命を落とす瞬間を見たくないだけだ。