第13章 現在に至るまで
「すみれ?」
「…あ、ううん。何でも、ない!」
ぼんやりしてしまった。
意識を叔母様とメイドの会話に戻し、集中する。このやり取りを聞き逃すわけにはいかない。
『でも、どうやって…?』
『取引よ。あの御方が来てくれるの………千年伯爵が、来てくれるのよ!』
(センネン、伯爵…?)
聞いたことのない、貴族の名前だ。
貴族界に興味関心が薄い私でも、有名どころの貴族の名はわかる。
「センネン伯爵って、誰だろう?初めて聞くんだけど、ディックは…」
知ってる?と尋ねようとして、言葉が止まる。
ディックの様子を伺うと目を大きく見開き、酷く驚いた顔をしていた。顔には冷や汗が浮かび上がっていた。
「ヤツが、来んのかよ…ッ」
「ディック?」
ディックの様子がどうもおかしい。
普段チャラけているが、基本的には冷静なディックがとても動揺しているのが手に取るようにわかる。
「…ディック、一旦この場を離れよう」
叔母様とメイドのやり取りを聞き逃すのは惜しいが、こんなディックを放っておくことなんて出来ない。
すみれはディックの手を引き、その場を離れようとした時、
カチャ…
「こんな所で、何をしている?」
「お、叔父様…っ」
背後から、叔父様の声がした。
日頃穏やかな叔父様の声とは似ても似つかない、酷く低音で冷たく怒りに満ちた声だった。
そして振り向くと、ディックとすみれに向けられていたのは、
銃。
「お前は誰だ?一体何のつもりで…」
二人に向けていた銃先を、叔父は至近距離でディックに向ける。
「…すみれの、ボディーガードさ」
先程の動揺していたディックとは打って変わり、「やべー」なんて減らず口を叩いていた。
「…ほう、この状況で焦らないんだな?」
カチャッ
銃の事なんてわからないが、安全バーが外されたような音がした。
「やっ…やめてっ!!」
すみれは慌てて声を絞り出す。
「すみれ、この小僧に唆されたのだろう?早く部屋へ戻りなさい」
「…、…う、」
「どうした?早く言うことを」
「…違う!!!」
「?!、すみれ?」
この時が、叔父様に対する初めての反抗だった。
叔父様もとても驚いている。