第13章 現在に至るまで
だって、私
ーーーーーー今、泣きそう。
ぜんぶ、嘘だったのかな。
一緒に過ごしたこと、楽しかったこと、全て。
作りモノだったのかな。
ぜんぶ、偽りだったのかなーーーー
「だけど」
「ッ!」
ディックの声が馬車の中で大きく響き、すみれはビクッと顔を上げてしまった。
「だけど、すみれに話しかけた事は。
俺がすみれと出会いたくて、やったことさ」
いや〜変な令嬢だなって思って!、とディックはイタズラっ子な笑顔で言う。
「何それ」
こんな状況にも関わらず、ディックに吊られて思わずふふっと笑ってしまった。
「俺が、すみれに惹かれたんさ」
「…」
軽やかな雰囲気から一変して、真剣に言うディックから目が離せない。
「それだけは、信じて」
「…っ」
言葉が、出なかった。
ディックのその言葉で、とても安諸した。
でもほんの少し、その言葉を疑ってしまった自分がいて。
とても嬉しいのに。
もし、その言葉の意味が私の思い違いだったらと思うと、傷つくことが怖くて。素直に喜べなくて、
すぐに返事が出来なかった。
「あ、
……あのね、」
“ディックのこと、信じてるよ”
ーーーそう、返事をしようとした時
キキィーッ
「うわっ!」
「きゃっ!?」
馬車が急ブレーキした。
外を確認すると、屋敷に着いたようだった。
「着いたさ。…すみれ、行けるか?」
「う、うん。大丈夫」
ディックは先に馬車から降り、すみれの手を引き先導してくれる。
夜のせいだろうか。
過ごし慣れているはずの屋敷からは、いつもの華やかさと活気が感じられない。厳かで冷たく、魔物でもいそうな雰囲気を感じ、身体がブルッと震えた。
「こっから先は気を引き締めろよ。何があってもおかしくないさ」
「う、うん」
ディックとすみれは手を繋いだまま、屋敷に足を踏み入れる。繋いだ手を離さぬよう、互いにキツく握り合った。
(ディックに、返事しそびれちゃったな)
事が済んだら、ちゃんと言わなくちゃーーー
“ディックのこと、信じてる”
その返事をすぐにしなかった事を、すみれはこの先ずっと後悔することになる。