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短編集【果物籠】

第2章 腹黒王子様【由希】



「……ひまり?どうし…」


突如聞こえた想い人の声に、顔を上げて振り向こうとしたが叶わなかった。

いつの間にか戻ってきていた由希に腕を引っ張られ、ひまりは隠されるように抱き締められていたから。

後頭部を大きな手で包み込まれ、顔を由希の胸に押し当てられる。
鼻水が制服に付いてしまうと離れようとするひまりを逃してはくれない。


「草摩、お前ひまりに何してんだよ?」


僅かに怒りが込められた声に、由希は微塵も表情を崩すことなく微笑んでいた。


「見て分からない?抱き締めてるんだけど」

「は?お前ひまりの何なん…」

「逆に聞くけど、お前はひまりの何?もうお前は"無関係"だよね?」


その言葉に押し黙る彼は、苦虫を噛み潰したように顔を歪めている。


由希の胸の中で直に聞こえる声は、いつもより威圧感のあるものに聞こえてブワッと鳥肌が立った。

いや、こんなにも低い由希の声を聞くのは初めてかもしれない。

表情を見ようと顔を上げてみるが、頭に置かれた僅かに震える手に力を込められひまりは我を通すことを諦めた。


「悪いけど、お前に泣いた顔も笑った顔も見せてやるつもりないから。僅かなものでも、もうひまりの"初めて"をお前にやるつもりないんだ。あ、あとひまりってなれなれしく呼ばないでくれる?」


眼光を鋭くさせて冷笑的な笑いをする由希に、彼は怯んだように下瞼をピクリと痙攣させる。


「この状況を見てどっちが邪魔者かなんて…馬鹿なお前でもその答えは容易いだろ?」


反論の余地が無い彼は、顔を歪めたままで舌打ちするとその場を立ち去った。


少ししてから由希の腕の力が緩まりそこから抜け出すと、さっきの声の主とは思えないほどの優しい微笑みをひまりに向けていた。


「ごめんね?ひまり。苦しかった?」

「え、あ、うん…苦しかった…かな」


物理的には苦しかったが、精神的には不思議な程にスッキリしていた。

その感覚に、もしかしたら彼への忘れられない気持ちは"恋心"では無く"執着"だったのかも…と自分の気持ちを分析した。


「あー。…ありがとう。なんか、スッキリ…したかも」


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