第10章 冬、めぐる狐日和のなかで
「思い出してみるとは言え、すぐにピンときたりはしないもんだね」
「こればかりは時間をかけないといけないと思います。大事なことなら、尚更ですよ。」
英尚おじいちゃんは、手の中にある温かい緑茶を見つめながら、どことなく肩を落とした様子。
私は少しでも気を休めてほしくて、一緒に飲みましょうと声をかけた。
この温かいお茶は、浦原さんが持たせてくれたもの。
曰くーー霊体である存在のおじいちゃんでも見て触れて、味覚以外にも刺激を与えれば記憶を探る糸口になるはずとの事で。
そのまま話すのは忍ばれるので、ひと息つく名目で手渡してみた。
「お茶なんてとんと飲んでないが………こんな味だったかねぇ。
うん。
なんとなく温まるし、落ち着く。
……味はわからんがね」
ニカっと笑うおじいちゃんにつられて、思わずクスッと私も笑ってしまう。
なんだか、かわいらしい人だな。
言ったら怒られるかもだろうけど。
「私も昔、こうしてお茶を飲みながら話を聞いてもらった事がありました。
そのおかげもあって、ごちゃごちゃしてた気持ちが解れて……悩みを打ち明けたり、ちゃんと話が出来て。
一杯のお茶が、いいきっかけにもなるのを知れました」
「そうかい……なら、ありがたい一杯だね」
微かに風が運んだお茶の香りが、その場に柔らかい空気をひろげていて。
おじいちゃんの為にとした事が、私の心も、あたたかくしてくれた。
飲み干したお茶の道具を片付けていると、ふと、英尚おじいちゃんの声を拾う。
「こんな風に、誰かと一緒に過ごすなんていつ以来だろうかなぁ」
「………以前に同じようなことがあったんですか?」
「女性とお茶なんて飲むはずがない………………ない、んだ」
「英尚おじいちゃん?」
「ない………はずなんだが。なんだ?この、記憶は…………」
にこやかな顔から一変、英尚おじいちゃんは手で顔を覆うと、見えない何かを見ていて、それを信じられないとばかりに声を絞り出している。
そして、私は、ただ動けずにいた。