第7章 その日 口火を切る
電話の為に部屋から出た彼女の姿を見送る。
自分は何をしていたのかと、考えていた。
もう少しだけーーこのままで。
石津さんの肩を借りて、心に寄りかかって。
確かに自分は、もう少しだけこのままでいたいと願っていた。
彼女の優しさに、かけてくれた言葉に、どうしようもないくらいーー心がギュッとなってあたたかくなったからだ、けどっ。
そんなことより………!
どうしてこんな、顔が熱いんだっ。
恥ずかしいと言うか、こう………よくない気持ちになる。
落ち着きたくて、深く深呼吸。
と、眼鏡の違和感に気づく。
少しだけ濡れたそれは、少し前に僕がこぼした涙で。
眼鏡を外して、綺麗に拭き取ることにする。
カタリと、テーブルに置いてぼんやりと物思いにふける。
泣いたんだ………。
今までだって、辛くて苦しい事はたくさんあった。
でも、泣いた事は無かった。
師匠や母さんの死に触れた時だって………いや、あれは多分、泣けなかったんだ。
寂しい 辛い 苦しい
そんな気持ちばかり、心に巣食っていたから。
そんな僕が………涙をながしたのか。
弱さを、曝け出したのか。
少しの驚きと、どこか他人事のようにも思ってしまう、紛れもない事実。
それがなんだが、くすぐったかった。
モヤモヤしたものは無くなって、軽くなった心。
前にも感じた、世界に新しく"彩"がつく瞬間。
少し違うのは、あたたかい風が吹いたこと。
さらり ふわり
さらっていったんだ、僕の心を。
じんわりと顔に熱が広がるのを感じて、思わず手のひらで隠す。
誰がみてるわけでもないが、恥ずかしくて。
再度気持ちを落ち着けるように、息をはいて眼鏡をかけ直す。
ーー不意に聞こえた、石津さんの大きな声が気になってそちらに足を向ける。
どうやら、謝ってる…みたいだった。
後ろ姿からでも、必死になって話している様子がわかって。
彼女ひとりが悪い訳じゃないから、僕も謝るよ。
そして、それがすんだら。
ありがとうって、君に言わせてほしい。