第32章 約束
寒さで感覚を失っていたはずの頬(ほほ)は、ローに触れられた部分からじんわりと感覚を取り戻した。
ローの意志は固い。その眼をみれば、わかる。反論は無駄だ。
きっと彼は、これ以上 何を言っても譲らない。主張を覆さない。
それは
船長としての
医者としての
男としての
プライドか
──── それなら、私にだってプライドが
アルコは自分の頬に触れているローの手を取った。その冷たい手を、自分の手袋の中に招き入れる。
恐ろしいほどに冷えた手を、強く握る。
せめて、同じ温度に。
そう願いながら、手袋の中で握っては揉(も)み、擦(す)り寄せる。
せめて、同じ感覚に。
ピクリ、と動いたかと思った冷たいローの手が、急にアルコの手を強く握り返した。心臓を直接 掴まれたように心が跳ねる。
気を抜けば、きっと泣き崩れてしまいそう。
アルコはなんとか それをこらえて、溶(と)けだしたその手を握り返した。まるで抱き締め合って感覚を確かめるように、ふたりは手を握り合った。
ローの手からぬくもりが感じられるようになったので、アルコは思わず嬉しさに顔をゆるめる。彼を見上げて微笑んだ。
同じ温度。同じ感覚。
自分に出来る細(ささ)やかなことをみつけて、果たす。“生きる意味”なんて大袈裟なことはわからなくても、それだけで十分だった。
そうすれば、もう涙の余地は ない。
アルコは、手袋の中にローの手だけを残して離れた。反対の手袋も彼に預けて、背を向ける。
切り立った足場の先まで行って、雪の上に座る。胸もとに抱えた竪琴を構えた。
──── “約束”
『帰ったら、…聴かせてくれ』
海軍本部へ出かける前に、ローが口にした“約束”。
嬉しかった。ただ、単純に。
ささいな“約束”
求められること
頼られること
彼のために、自分が出来ること
それでも
ローにはローの事情が
気持ちが
距離感が
“成すべきこと”が
『お前の想いには 応えられない』
それでも私は
あなたを ──── “船長(キャプテン)”