第32章 約束
──── 深夜
「……っ、……、……ぅ…」
「……」
「!!」
ローによって部屋の明かりがつけられた。
アルコは突然のまぶしさに驚いて、噛んでいた手の甲を濡れた目もとに当てた。
頬は上気し、緩んだ口からは、はぁはぁと短くて熱い息があがる。そんなアルコに、ローは何も言わずに近づいて、ベッドサイドの椅子に座った。
どこに触れようか
そう言わんとするように宙を迷った挙げ句、タトゥーの入ったその手はアルコの髪に触れた。整えながら撫で下ろす その手は、徐々に頭へと到達する。子供をあやすような手つきで頭に触れられたアルコは、目もとを塞いでいた手を おそるおそる どけた。
ローに みつめ返されたアルコの目からじわりと涙が滲(にじ)んだ。
アルコの浅く小さな呼吸音が響く中
口を開く音
息を吸う音
息を詰める音
吐き出す息に言葉を乗せる音
すべてがつぶさに聴こえる程に時間をかけて、ローは声を発した。
「おれの時は…」
「!」
『痛いのか』
『ツラいんだろ』
『大丈夫か』
『無理をするな』
第一声が予想していたような言葉では なかったことに、アルコは驚いた。
その驚きに、意識のすべてが持っていかれる。
その間にもアルコの両眼からは ぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。横になったまま。流れる涙は鼻根を乗り越えて反対側の涙と合流する。シーツを濡らしていく その涙に構わず、ローは続けた。
「末期だった。身体も顔も…すでにアザだらけで」
髪を撫でる手は止まることは なかった。
「病院を連れ回されて…、治す術(すべ)もねェのに。記録指針(ログポース)もなしに、ずいぶん無茶な航海もした」
思い出に向きあっているローの表情には、苦々しさの中に優しさがあった。
「痛ェんだ。眠れねェ程に」
その声は
その言葉は
その仕草は
どんな処置よりも効果があるように感じた。
「でも……、おれもひとりじゃなかった」
溢れる涙は、いつの間にか“痛み”からくるものではなくなっていた。