第30章 in the fog 【後編】
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ホテルの部屋で、アルコは紙袋を低いテーブルの上に置いた。
袖が汚れた片袖の服を脱いで、買ったばかりの長袖のシャツに着替える。シンプルで身体にフィットしたタイトなシャツ。新しいシャツを着た自分の姿を鏡で見て、アルコは少し後悔した。上品でスルスルと肌触りが良いが、いつもの感じといえば いつもの感じだ。
(もうちょっとデートっぽい…、女らしいの買っとくべきだったか)
せめてもう1つ、シャツの胸元のボタンを外してみたが、(痴女かよ)と心の中で自分自身にツッコんでから鼻で笑って元に戻した。
窓辺のテーブルに置いた紙袋に目をやる。そのままにしておこうかと思ったが思い直して、その中から1つだけ特別にラッピングしたマフィンを取り出した。底にコインの入ったマフィンだ。
(今日も…、ローは遅いのかな)
毎日 何かを熱心に調べているようで、アルコが眠ってから部屋に帰ってくる日も多かった。
でも、約束したハズだ
『飾られたツリーを一緒にみよう』って
『祭りを一緒に見に行こう』って
例え遅くなっても…、今夜は待っていよう
夜まで起きていられるように、今のうちに少し眠っておこうかな
窓辺の黄色い椅子が、曇った午後の日差しを受けていた。まだ夕方前で、明るいが くっきりと影が出来る程の光量ではない。
アルコは黄色い椅子に座り、部屋に用意されているメモにペンを走らせた。
メッセージを書いて、マフィンに添える。万が一 眠ってしまっても、ローのために作ったんだってわかるように。遠慮なく食べてもらえるように。
(ひとつだけ…食べちゃおうかな)
コインを入れてラッピングしたものとは別に、紙袋には5つのマフィンが入っている。でも、美味しすぎるマフィンを、ひとつで止められる自信がなかったのでアルコは食べるのをやめた。
プリンに分けてもらった紅茶を淹れて飲もうかと立ち上がった時、ホテルのドアが開く音がした。