第29章 in the fog 【前編】
粗熱の取れたマフィンを紙袋に詰める。
コインの入ったひとつだけは、別にラッピングをしてリボンをかけた。
治療、ありがとうって
いつもありがとうって
改めてお礼を言おう
それで もし
“それっぽい”感じになったら ────
嬉しそうにマフィンの入った袋を抱えるアルコ。それを横目でじぃーっと見ているプリンの視線に気づいた。
「本当に、どうもありがとう。プリン」
アルコは深々と頭を下げた。
ローにお礼を言う前に、彼女にお礼を言わなくては
彼女には彼女の
何か“事情”がありそうだけど
最高のお菓子を準備することを手伝ってくれたことには違いない
下げられた頭に、プリンは 口を尖らせて小さな声で問いかけた。
「それってさ…、あなたの『王子様』な訳?」
アルコは、頭の片すみにも存在しなかった単語を投げかけられ、思わず吹き出した。
「……ぶはっ!! なにソレ、『王子様』って!?」
「なっ?! 失礼ねっ!! 笑わないでよっ!!」
「ごめん、ごめん。だって、ローってば『王子様』って言葉、全っ然 似合わない人だから」
「ロー…?」
「ああ、うん。コレを渡す相手」
アルコはマフィンに視線を落としながら、ローの『王子様』姿を想像して微笑んだ。今朝、想像した『ふんどし』姿と、いい勝負だ。
「でも、そうだね。いつも助けてくれるし、私の“コンプレックス”も…受け入れてくれる人だから、『王子様』って呼んであげてもいいのかな」
「…『好き』、なんだ」
「……そうだね」
はやく 会いたい
はやく 伝えたい
世界一美味しいと思えるお菓子に後押しされて、アルコの心は 決意だけでなく自信に満ち溢れていた。