第29章 in the fog 【前編】
「…家族は? 他人には晒(さら)せなくても、家族がいれば…」
プリンはお湯からチョコレートを外して、チョコレートを混ぜながら問いかけた。視線をアルコの顔に向けないのは 調温が大切なためであって、決して気まずいからではない。
「家族は、もういない」
「そう…」
身寄りがないのは、このご時世に珍しいことではない。
自分のように“大家族”である方が珍しいし、ありがたいことなのかな、とプリンは思う。
それに彼女はお菓子作り教室の“お客さん”。この時間を楽しく過ごしてもらうために 慰めを口にしようとしたプリンだったが、アルコの方が先に空気を変える口調で話し出した。
「ああ、でも 父親代わりみたいな人はいるから。
それにその人とは別に…、ひとりだけ…。
弱いところも汚いところも見せられる人がいるの。
自分の嫌いな部分も、そのままでいいって言ってくれる人が。
…だからいいの」
プリンはチョコレートをテンパリングする手を思わず止めた。
いとおしそうに語る“その人”のために、このお菓子を作っているんだろう
フーン…、
それでも私には 関係ない
『弱いところも汚いところも見せられる人』?
『自分の嫌いな部分も、そのままでいいって言ってくれる人』??
ハッ
あり得ない
私のこの額を見て
気味悪がらない人なんて
家族以外にそんな人が 現れる訳がないんだから
「そう、それは 素敵ね」
しかしプリンは考えていることを1ミリも顔にも出さず、笑顔で相づちを打った。
彼女は“お客さん”で
私は“プロ”なんだから
パティシエとしてだけでなく
演技力においても ────