第29章 in the fog 【前編】
「ドサッと? 全部、一気に?」
「…な訳ないでしょ。
順番言うからね。少しずつ、丁寧に。ココが一番大事な工程だからね」
「はーい」
軽い返事とは裏腹に、アルコは真剣な顔を作った。プリンの言われた通りに少しずつ入れて、丁寧に混ぜる。混ぜ方も よく混ぜるものとサックリ混ぜるものと、入れる材料やタイミングによって様々だ。
プリンはアルコに指示を出したり、時折アドバイスをしたりしながら、チョコレートを湯せんにかけて 温度計を差し入れた。
アルコの作業自体は問題はないが、プリンは彼女に ずっと気になっていたことを口にした。
「汚れるわよ。袖(そで)、めくったら?」
アルコの左腕は、片袖の服で 左手首どころか手の甲を隠すほどにピッチリと覆われている。裾(すそ)には白い粉がついて、すでに少し汚れているようだ。
「…いいの。このままで」
それまで弾んでいたアルコの口調が、少し沈んだ。ボウルの中に真剣な眼差しを向けたまま、アルコは続けた。
「プリンは…、“やっぱりどうしても他人(ひと)には見られたくないもの”ってない?」
「……」
プリンは前髪で隠された額(ひたい)が熱くなるのを感じた。
──── もしかして
彼女も私と同じなんだろうか
彼女にも“なにか”あるんだろうか
あの左袖の下に
しかし、プリンは すぐに温度計に意識を戻す。チョコレート作りにおいても、ここは目を離すことができない重要な工程だ。