第29章 in the fog 【前編】
*
「さぁ、始めるわよ!」
「はーい。よろしくお願いします! プリン先生」
「プリンでいいわ、…アルコ、だったわね」
「ええ。
じゃあ、よろしく! がんばる!!」
その日の午後
アルコはここに来る前に買ってきたエプロンを着けて、力強くギュッと拳を握った。
よぉーし、やるぞ!
料理は得意って訳じゃないし、お菓子なんて作ったことないけど
美味しいお菓子を作るんだ
…ローのために
広いキッチンスタジオには、今日はアルコとプリンの二人きりしか いない。前方にある大きな流し台付きのテーブルに向かい合って立っている。部屋には他に6つのテーブルがあるが、アルコに近いテーブルにはすでに材料が準備されてあった。
「私はチョコレートを仕上げるから、アルコはすべて分量を量(はか)って…」
「バターは常温に戻してあるから…」
「丁寧に! どんな作業にも愛情を込めて、丁~寧にやるのよ」
プリンの指示に従ってそれぞれボウルに入れて、きっちり分量を量る。
たくさんのボウル
広い作業スペース
これらが使えることが、ありがたい。
例えレシピがわかったとしても、あの狭いホテルのテーブルで作るとなったら こうはいかなかっただろう。
こういう余裕も、美味しさに多少は関わってくると思った。
それに
『愛情を込めて、丁寧に』か…
それはまさに“手塩にかける”漬物作りとも同じだ。
「出来ましたっ!」
「混ぜるのは、こっちのテーブルでやって。大事なところだから、私が見ててあげる」
ふたまわり程 大きなボウル、泡立て器とヘラ、篩(ふるい)も準備された。アルコは量り分けた薄力粉やベーキングパウダーを、プリンがチョコレートを刻んでいる前方のテーブルに並べていった。