第29章 in the fog 【前編】
「え」
アルコも二人同様、ビミョーな表情で固まってしまった。
「なんか、悪い感じじゃない…」
『悪い意味のものなんて、あるわけない』って言ったのに
アルコが責めるような目をプリンに向けると、プリンは慌てて弁解を始めた。
「いや、でも!
ほら、『忘れる』ってのは良いこともあるから! イヤな思い出とか、昔の女とか…」
「…まあ、確かにね」
「……」
「…」
沈黙に耐えられなくなったプリンは、アルコに提案をした。
「気に入らないなら、変えてもいいんじゃない? どうせ迷信みたいなもんだから」
「まぁでも…、お嬢さんの心が選んだんじゃから、変えんほうがええとワシは思うが」
『ポジティブとネガティブは表裏一体』
そう言ったオーナーが助言してきた。この老人はプリンと違ってこの島の住人なので、この伝統的なしきたりを意味のあるもの、と捉えているようだ。
アルコは背負っている竪琴の重みを意識した。
似たような“古いしきたり”によって、産まれた時に定められ、与えられた愛器。物心ついた時には すでにそばにあった楽器でもあり武器でもある“この子”は、子供の頃のアルコには大きすぎて扱いづらく とても受け入れ難いものだった。「なんでこんなものを」と恨んだこともあったかもしれない。
しかし、成長した今となってはそんな気持ちは微塵もない。むしろ自分には“この子”しかあり得ない、とすら感じている。
『忘却』────
ただの迷信なんだろうか
何か意味があるんだろうか
『“感性”のようなものは……“音楽”に通ずるものがあるし、アルコのほうが長けてるだろ』
以前、ローに そう言われたことがある。
自分の“直感”や“感性”を絶対的に信じている訳ではないが…、今は受け入れ難いものであっても“それ”に抗(あらが)うことはできないし、大切にしなければならないということを、アルコは理解していた。
「ま、じゃぁ…これで。大丈夫」
アルコは少しの不安を感じつつも、さっぱりとした笑顔で受け入れた。