第29章 in the fog 【前編】
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美容院を後にしたアルコは 艶(つや)やかな髪をなびかせながら、弾むような足取りで通りを歩いていた。
美容師のお兄さんに書いてもらったメモをみながら、お菓子の店を目指す。
『万国(トットランド)から人気パティシエが来てる店ですよ。お菓子作りの教室もやってるから、何の準備もなくても、一通り揃うんじゃないかな。
ただ、すっごく人気みたいだから、もう予約は取れないかも。それに、伝統ある店だから、けっこう高いらしいけどね』
高いのは 逆に都合がいいな、とアルコは思った。
お金はまだいっぱい余ってるし、それをローのために使うのが正しい使い道な気がした。
ショーウィンドウに、髪を触る自分の姿が写った。
いつから私は
こんな乙女な感じになっちゃったんだろう
『好き』って言い合って
キスをして
セックスをする
それが普通の男女の関係として、正しい順番で、世の中の常識だ。
私達は『それ』をすっ飛ばして
キスをして
セックスをしている
『それ』は、今となっては何よりも高いハードルに思えた。
(海賊だから…それに“男”だから)
別に惚れた女でなくても抱けるのか
セックスなんて“性欲”を満たすためだけの行為
そういう汚れた世界に生きている汚れた男だと思っていたから
(私がこんな身体だから…それにローは医者だから)
アザや傷だらけの私の身体を受け入れてくれる人なんていないから
そんな私の“呪縛”と“性欲”を消化させるための“治療”だから
(ローの“性欲”が…強すぎるから)
ていうか、そもそもスゴいヤりたがりだし(ホント今までどうしてたんだろう??)、ヤりだしたら止まらないし、買わなくても抱ける女がいるならそれでいいやって感じなのかと思ってたから
でも『それだけ』じゃないって
今までの言動や仕草で、感じるものがあるから
今さら『それ』を口にするのは
恥ずかしいし
勇気がいるし
そもそも間違っているかもしれない
受け入れられないかもしれない
それでも私は
“弱い心”に打ち勝つんだ
言うんだ
ローに
『好き』って