第29章 in the fog 【前編】
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久しぶりの美容院。
髪に栄養入れたり、毛先を整える程度に切ったりしてもらうことにした。
おしゃれな縁の丸い眼鏡をかけた男性に案内された席に座る。
首に布をかけられて、されるがままに任せていると、鏡越しの“あるもの”に目を奪われた。飾り付けされた鉢植えの木が、店の入り口付近に置いてある。あのロータリー広場にあったような円錐形に整えられた木には、きらびやかな電飾やカラフルな木の札がぶらさがっていた。店に入ってきた時には死角になっていたようで、気がつかなかった。
「もうすぐ、フォグマリア祭ですね」
眼鏡の美容師は、木に見とれているアルコにそう声をかけてきた。2週間程前、この島に来たときにも聞いたようなセリフだ。
(“もうすぐ”って、一体いつ始まるんだろう)
美容師は微笑みながら、リズミカルにアルコの髪にハサミを入れている。
この島に住む誰もが、本当にその祭りを楽しみに、大切にしているのだろう。何ヵ月も前から…もしかしたら祭りが終わった瞬間から、次の年の祭りを楽しみにしているのかもしれない。そんな気配すら漂ってきた。
「お兄さんは、どうやって“フォグマリア祭”を過ごすんですか?」
自分の身の上を話すのは苦手だから、美容師のお兄さんに話を振った。それにまた余計なことを言って怒られてはいけないし、現地の人の話を聞いておきたい。
「どうやってって…、一応、彼女とね」
もっと聞きたいのに、男性なぜか申し訳なさそうに言ってくるので、アルコは話しやすくなるよう促(うなが)す。
「私、この島に来たばかりで。連れ合いの男性がいるんですけど、どうやって過ごせばいいのか わからなくて」
そこまで言ってアルコが鏡越しに微笑むと、男性はホッとしたような少し残念そうな顔をしてから、ようやく話し出してくれた。