第29章 in the fog 【前編】
「たくさんの人が“ふんどし姿の男達”の…、じゃなくて、豪華な神輿(みこし)や飾られた街並みの見物に来るのよ。ただ、こんなに霧が濃いなんて…、肝心の“ふんどし”はハッキリ見えるのかしら」
執事の隣にいるお姫さまは、首からぶら下げている双眼鏡を握り締めている。やたらと“ふんどし姿の男達”を強調して、恥じらいながらも興奮気味だ。執事の男はやれやれといった様子で、アルコに続ける。
「女性が意中の男性に手作りのお菓子をプレゼントする風習もあるんですよ。…まぁ、最近は感謝や義理で贈りあうのも普通だそうですが」
「そ、人気パティシエが何人か この島に来てるみたいだし、お菓子作りが出来る店もたくさんあるわ。あなたも彼に作ってプレゼントしてあげたら?」
また欲張りな風習が 付け加えられた。
“意中の男性” ────
アルコはその部分を あまり意識しないようにローを見上げて問う。
「甘いもの、好きだっけ」
「まァ…、人並みには」
照れているのか、いないのか。
よくわからないリアクションだ。
「その菓子には、昔からの ちょっとした占い要素もありまして…」
「占い?」
「とにかく興味があるなら行ってみたら? 店ならこの時期たくさん出てるから」
明らかに自分達を恋人同士とみている執事とお姫さまのお節介は終わり、二人は霧の街へ消えていった。
ローは大木を見上げたままアルコに問い返した。
「占いとか、信じる質(たち)か?」
「んー、まぁ、人並みには」
アルコもよくわからないリアクションを返す。作業員達の手によって 木のてっぺんに飾られようとしている星を見上げたまま、二人は小さく笑った。
平穏な島の、呑気(のんき)で欲張りなお祭り。
二人の間に流れる空気もそれに包まれて、すっかり緩んでいた。