第5章 in the dark
何度も聞いた同じ言葉に、今度は抵抗せずに従う。
しかし、左腕がないので右のグローブが引っ張れない。
アルコが男に向けて右手を差し出すと、男は『あぁ そうか』と言った様子でグローブの中指をつまむ。引っ張り合って右腕をグローブから引き抜いた。
左腕も元に戻され、久しぶりに人前で外気にさらす両手をにぎにぎして、その感覚を確かめる。
右腕の白いアザは、まだ小さい。
男はアルコの白いアザのちらつく はだけた胸元もみて、下着をグイッと遠くに引っ張った。
── 勝手に乳首 みるなよ
「…………」
── 何か言ってよ
グローブをぽいっとソファに投げ、椅子にふんぞり返るような体勢を取る。
「で、両親は? 生きてるか?」
「……母は、フレバンスって国の楽師だった。10年…くらい前にこの病気で死んだ。父は、もともと いない」
「いねェわけ ねェだろ。ガキをどうやって作るのか知らねェのか」
途端に下品な笑みを浮かべられる。
「いないっていうか…。知らない。どっかの旅の海賊でしょ。祖父もそうだったらしいし」
(それでか)
男は考える。
── 珀鉛病は遺伝する。両親の体内の有害物質が子の蓄積され続け、自分の世代には すでに大人になれずに死ぬハズの病気だ。
『旅の海賊』── 確かに珀鉛を持たないものと子をもうければ、子への蓄積量は、その分少なくなるだろう。
「フレバンスからはどうやって逃げた」
「母と…小舟で………?」
── どうしてこの男は、フレバンスから『逃げた』ことを知っているんだろう。アルコが質問する間もなく、威圧的な尋問は続く。
「その後は」
「“鷹の目”に助けられて」
「!!」
男は一瞬だらしない姿勢の座り方をやめるが、やはりまた背もたれに戻る。
「それで、あんなに強ェのか」
「……強くは、ないです」
── 現に、まんまと奴隷として売られ、その上あなたには勝てそうもないですし。
男は何か考えているようだ。口に手を当てて、小さくため息をついて立ちあがる。
「疲れたな」
目の下の隈の深い男は、本当に疲れているようだった。