第16章 生命
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翌朝
長かった雨がやんだ。いくつかの深い傷はうずくものの、動けないことはない。
部屋の片すみにある、小さいが重たい置時計が6時を指すのを待って、アルコは部屋を出た。
まだ夜のほの暗さが残るシッケアール王国城下町跡を北へ歩く。
巨大な十字架の墓標。
いつものように近づくことをせず、遠くから眺める。死闘の血痕は雨によって流され、しんとした空気だけが存在している。空気中の湿気は、白い霞みとして目に見える程に立ち込めていた。
数秒間だけ 目を閉じ祈った後、歩いて城の南側へ向かった。
長く降り続いた雨によって目に入るものすべてが濡れている。
瓦礫、石、草木、土、ガラス、ロープ…
びしょ濡れのそれらを踏みしめながら、噴水広場跡までやってきた。円形の噴水の頂きにある、崩れた裸の女神像を見上げる。
片手と顔が崩れた石像
上にあげていたのであろう片手の、肩の部分から先がなくなっている。
顔も崩れていて その表情を読み取ることはできないが、今にも動きだしそうな扇情的なポーズで人々を見下ろしていたのだろう。
その割には、なぜかいやらしさは感じられなかった。
長い髪と下半身を覆う薄布のようなものは、本当に石でできているのかと疑うほどに滑らかさを感じる細工だった。
放り出されている乳房は、形や大きさが どことなく自分のものと似ているように思った。
「ははっ……」
そうして よくみていると女神像の肌には青緑色の厚みのないコケのようなものがまだらのアザのように張りついていて、どうも他人とは思えなくなり、アルコは小さく声をあげて笑った。
アルコは大剣を抜き、噴水の縁に立った。ドーナツ状の溝に溢れんばかりに溜まった雨水を剣ではじきあげる。
大小様々な形となった空中の水滴に狙いを定め、剣を振り下ろし、次々に斬る。
縦に、横に、斜めに、上から、下から………
バシャリ、ビシャリ、パタパタ………
スパッ、ヒュッ、スラッ………
それを ひたすら続けた。
1日中、何の疑問も持たずに ひたすら続けた。
夕刻6時を回る前に、城に戻り、自室の扉を固く閉めた。