第1章 第一章
森の神殿は名前の通り森に呑まれていた。
伸びた木々の枝葉が天井を埋め、その力に潰れた隙間からほんの少し光が漏れる。埃が霧となり幻想的に見えたその世界は異世界のようだった。
揺らめく四つの炎はいつから燃えていたのだろうか。
「…ギリギリ、だったのかも」
「ああ、そうだな」
いずれこの神殿を森が覆い、人すら立ち入ることも許されない領域となっていただろう。木々の成長速度は遅い。だけど、この神殿が壊れるのはもうすぐだということが私には理解できた。
「…この森の主、デクの木様が死んでから、森はおかしくなった」
「新たな後継者とかは…いなかったんですか?」
「生まれなかった。残念ながら」
森の神殿は守られてきたはずだ。でなければ、女神のいた時代からここまでその形が遺るはずもないのだから。だけど、その加護も終わりだと壊れた壁が告げていた。
「森の賢者に…選ばれなかったって」
緑の髪の少女、サリアのことだ。
「ああ、そうだ」
「どういうことなんですか」
「元々、賢者に選ばれるのは神殿に選ばれた者だ」
彼は語る。
そもそも賢者という存在は稀にしか生まれず、大抵は混沌の時代を救うために現れるのだという。だが、事態は急を要した。
それが魔王ガノンドロフの目覚め。そして、彼を処刑するために必要だったのは…。
「賢者、ってこと…?」
神殿に“選ばれなかった”力ある者達。未完成の剣。
「だから、ガノンドロフは…」
「どっちにしろ、ガノンドロフはトライフォースに選ばれていたから俺達が叶う相手じゃなかった」
「だけど、それでも…!」
どうしてゼルダ姫は中途半端な賢者を収集したのだろうか。
賢い彼女ならわかりそうなのに…!
だけど、ふと冷静になって気づく。
彼女が王位についたのは“つい最近”だということに。
「前ハイラル王…」
ガノンドロフの悪意に気付けず、聖地ハイラルへの侵入を許してしまった人。
「…だけど、俺達には石碑が残ってる」
彼の言葉にハッとする。
「そしてそれは君にしか読めない。わかるな?」
ゼルダ姫のように賢くもなければ、彼のように腕が立つわけでもない。
平凡な国の平凡な街で平凡に生きてきただけ。
だけど、役に立てるのならば私は…!
神殿が守られていたように石碑も守られているのなら。
女神の加護か目の前を阻む扉が重々しく音を立て開いた。