第5章 海を渡って
部屋の奥にぽつんと置かれ、本が両脇に積まれた机に本を読む紅炎の姿が見えた。
ゆらゆら揺れるロウソクの灯りに照らされて衣服の隙間から見える鍛え抜かれた胸元は、強さも艶やかさをも思わせる。
紅炎は、視線を一切こちらに向けることなく口を開いた。
「紅奏、お前は明日の早朝シンドリアへ迎え。」
「シンドリアですか?そんな急な……」
カナは先ほどの紅明の様子に納得するが、外に出てまだ日が浅い自分が他国へ連れ出されることに、困惑していた。
「あぁ、表面上はシンドリアとの友好条約を結ぶための遣いとしてだが、お前には別の任がある。」
「任……ですか?」
あ、ようやく目が合った。
しかしその顔は表情は変わらず、口元だけが笑っていた。
「シンドバッドを堕とせ。」
何を言っているのだろう。
「…私が殿方に見初められるような魅力を持ち合わせているとは到底思えません。」
「2度言わせるな。無類の女好きのシンドバッドだ。お前の持てる力全てを使って虜とし、奴に近づけ。考え、政策、動向全てをこちらに報告すればいい。」
「それは…シンドリアに嫁いで内通者になれということですか?」
俯くカナに紅炎は淡々と続けた。
「フッ。婚姻を結ぶならばシンドバッドも気を緩めるか。そう手筈を踏むか。」
「そんな、今気づいたようにおっしゃるんですね。ここ2ヶ月間、私を牢から出して学を付けさせたのはこのためなのでしょう?」
「お前も皇女ならば政略結婚ぐらいでグダグダと言うな。他の皇女も皆国にために嫁いだ。お前の母君も他国へ嫁いでお前を産んだんだろう。母親と同じようにはなりたくないと言うことか。」
「そんなこと言ってないではありませんか!」
「明日だ。心しておけ。話は終わりだ、下がれ。」
「失礼、いたします…」
カナは顔を上げないまま部屋を出た。
カナが部屋を出て扉が閉まるのを見届けると、紅明が口を開いた。
「紅奏の力のことは本人には黙っておきましょう。知ることで他人に近づくことに余計に躊躇してもいけませんし。」
「あぁ。」
「それと…留学中の白龍と紅玉には黙っておくことが得策かと。」
「あぁ、頼む。」