第7章 ②心が迷うたび、君の元へ。/天窓【月島】
唇が離れたばかりで、鼻が触れ合う。
「実感できたか?……これ以上からかうと、俺の理性がどうなるか分からんからな」
耳元で掠れた声でそう囁かれて、さらに心臓が跳ねる。
夜特有の、どこか冷ややかで静まり返った空気の中で、月島さんの体温だけがやけにはっきりと伝わってくる。
頬の熱が、暗がりの中でも火照っているのが自分でも分かった。
「からかってなんか……あの、でももう一回」
我慢できずにそう零すと、月島さんは一瞬だけ息を呑み、そして静かに目を綻ばせた。
「……あなたは……そちら側はそんなに激務だったのか?」
呆れたような、でもどこか甘い響きを含んだ声。
「えへへ、そうだったかも…」
拒む気配なんて最初からなくて、むしろ月島さんは自分の頬にそっと手を添え、ふたたびゆっくりと顔を寄せてきた。
先ほどよりも切なさを帯びた、丁寧な口づけ。
重なる唇の柔らかさと甘い痺れに、思考がまた白くなりかけたその時、頬に添えられていた手がそのまま背中へと回され、両手でさっきよりも少し強い力で引き寄せられる。
「……っん」
離れたくなくて、思わず彼の軍服の裾をぎゅっと掴んだ。
その瞬間――
カチャ。
静かな夜の空間に、背後で乾いた音が響いた。
「……え?」
月島さんが片手で兵舎の扉を閉めていた。
隙間風を断つような、けれどどこか重みのある音が、現代の世界と明治の世界の境目を切り離した。
「月島さん?」
見上げると、月島さんは落ち着き払った顔でこちらを見下ろしている。
「……こちらの扉は、閉めておいた方がいいだろう。帰るまで、誰かに見られたら困る」
あまりにも淡々と言ってのけるものだから、その言葉の裏にある独占欲に頭が追いつかない。
「……帰るまで?」
「はい」
「しばらく、ここにいていいんですか?」
月島さんは少しだけ言葉を詰まらせた後、ぎこちない手つきでこちらの手を取った。
大きな手のひらから伝わる熱が、妙に生々しくて胸が締め付けられる。
「……あなたが帰ると言うまでは、いてくれて良い」
その、不器用ながらも必死にこちらの気持ちを汲み取ろうとしてくれる優しさに、胸の奥がキュッと甘く鳴った。
「じゃあ……もう少しだけ、いいですか?」
「ああ」
短い、けれど迷いのない返事。