第7章 ②心が迷うたび、君の元へ。/天窓【月島】
「こうしているだけで、十分だと思っていたんだが…」
親指が名残惜しそうに頬を滑った。
「……実際には、そうでもないようだ」
「……」
「あなたが現代へ帰ってしまうと分かっているから、なおさら……」
その声に滲んだ微かな震えが、夜の静けさを通して強く胸を打つ。
引き離される時間への焦燥と切なさが、彼の隠しきれない本音を引っ張り出していた。
「いや、何でもない。後悔するような思いにはしたくない」
「月島さん…」
「だから」
ふっと、優しい影が重なる。
月島さんの体温と、微かに漂う軍服の硬質な匂いに、上からふわりと包み込まれた。
「今は、ここまでにしておく」
「……はい」
私はそっと月島さんの背中に腕を回した。
「あなたのためでもあるし」
一拍置いて、彼はさらに掠れた声で紡いだ。
「……俺自身のためでもある」
「どういう意味ですか?」
質問に答える代わりに、月島さんは困ったような、諦めたような、それでいてどこか愛おしげな笑みを浮かべた。
「……あなたは知らなくていいことだ」
「えー……」
「知ったら一睡もできなくなるかもしれんぞ」
「それって……」
言葉の続きを紡ぐよりも早く、天窓からこぼれる星明かりの下、額へとそっと優しい口づけが落ちた。
「これくらいなら、いいか?」
「……はい」
「帰るまでだ。……帰る時間までは、俺がそばにいる」
その誓うような低い声と一緒に、髪へ、そしてこめかみへと、慈しむような口づけが何度も繰り返し落とされた。
静まり返った明治の兵舎の中で、しばらくの無言の時間が流れる。
それ以上は言葉を交わさず、ただお互いの確かな鼓動だけを確かめ合うように、また隣で星空を見上げて寄り添う夜。
現代へ戻るまでの限られた時間。
天窓の向こうで、無数の星たちが静かに、けれど変わらずに瞬き続けていた。
そしてーーー
「ん……はっ!やばっ!寝ちゃった!」
私は飛び起きようとしたが、体が動かない。
ガッチリ月島さんに抱き抱えられていた。
「月島さん、私そろそろ帰らないと…」
月島さんは目を瞑ったまま、私を抱き締める腕にぎゅっと力を込めた。
「……」
返事はない。
「……寝たふりしないでください」
「してない」
【END】