第118章 青い花の秘密
夜明け前
空はまだ群青に沈み、山々は濃い闇を纏っている。
廃寺へ続く獣道を僅かな松明の明かりさえ持たず、織田の兵が静かに進んでいた。足音を殺し、鎧の鳴る音すら許されぬ緊張が隊を包んでいた。
馬は使わず、信長もまた徒で伊助とともに先頭に立ち、その半歩後ろに秀吉、さらに光秀が続く。
「伊助、見張りは」
信長が歩みを止めぬまま問う。
「寺門の左右に二人潜んでおりました。裏門にも三人ほど」
「五人か。賊にしちゃ用心深いな」
秀吉が低く呟く。光秀は木々の影へ目を向けた。
「伊助の追跡に気付いたのであれば、既に退去している可能性も…」
信長は静かに頷く。
「あり得ることではある…が」
その一言で全員が動きを止める。信長は前方の廃寺を見据え、にやりと獰猛な笑みを浮かべた。寺には小さく灯りがともり、見張りの姿が見えた。
「天は我らに味方したようだ。光秀」
「承知」
声と同時に、光秀の姿が夜闇へ溶けた。
次の瞬間……
「ぐあっ……!」
門の脇から潰れたような鈍い声が響く。
ほぼ同時に反対側でも短い悲鳴が上がり、見張り二人が声を上げる間もなく倒れ伏した。
「行け」
信長の号令とともに兵が一斉に駆け出す。
寺門が蹴破られ、轟音が静寂を切り裂いた。
「敵襲だ!」
賊達が一斉に飛び出して来る。刀を掴む者、弓を構える者、辺りは一瞬にして怒号と狂乱の渦が巻き起こる。
「一人も逃がすな!」
秀吉の号令が飛び、一人目の賊を一太刀で斬り伏せる。
隙を突いて二人目が斬り掛かるが、秀吉は身を捻って斬撃を躱すとそのまま柄で鳩尾を打ち抜いた。
「ぐっっ……」
賊は息を詰まらせて、その場に崩れ落ちた。
一方、光秀は本堂の影を音もなく滑るように進む。舞うような剣筋で、賊が気付いた時には既に喉元へ刃が添えられている。
「動くな」
冷え切った囁きに、賊は震えながら刀を落とす。
その頃、信長はただ一人、本堂へ向かって歩いていた。
向かい来る賊が三人、信長を取り囲み、行く手を阻む。
「退け」
信長の太刀が一閃し、甲高い金属音が響く。一太刀で敵の刀を真っ二つに折り、その勢いのまま胴を薙ぐ。派手に血飛沫が飛ぶ中、返す刃で二人目の肩口を切り裂き、三人目の突きを半歩だけ身体をずらして避ける。