第118章 青い花の秘密
「わ、私も共に…」
「馬鹿を言うな。貴様はここで俺の帰りを待て」
震える声で思い切って同行を申し出たが、予想通りあっさりと拒否されてしまった。
(やっぱり私は待つことしか出来ないの…?京まで一緒に来たのだから、何かお役に立ちたいのに…)
自分の無力さに打ちひしがれていると、信長は朱里の頬にそっと触れる。指先が柔らかく宥めるように頬を撫でる。
「信長様…?」
「ただ待つのも不安ではあろうが…夜襲は予期せぬことも起こりやすい。貴様をそのような場に連れて行くわけにはいかぬ」
朱里は信長の言葉にぐっと唇を噛み、俯いた。
何もできない自分が悔しい。守られているだけの存在でしかないことに胸が締め付けられた。
その様子を見た信長は、小さく息を吐く。
「そのような顔をするな」
低く響く声に、朱里はゆっくりと顔を上げる。
「貴様がここで待っていること、それが今の俺にとって最も重要なことだ」
「ですが、私は……」
「役に立ちたい、と申すのであろう」
言葉を先回りされ、朱里は驚いたように目を見開く。
信長は口元に僅かな笑みを浮かべていた。
「ここで俺を待て。俺が戻る場所を守れ。それが今宵、貴様にしかできぬ役目だ」
「私にしか……」
「戦では、帰る場所がある者ほど強くあれる」
信長の深紅の瞳は、揺るぎなく真っ直ぐ朱里だけを映していた。
「貴様がここで待っていると思えばこそ、俺は何の憂いもなく敵を討てる」
信長の信頼に満ちた言葉に、胸の奥がかぁっと熱くなる。
役に立ちたいと思っていた。武器を取って共に戦うことはできなくても、傷付いた者を助ける術は持ち合わせている。
けれど信長は、待つことも大切な役目だと言う。
「……はい」
震えながらも、今度はしっかりと頷く。
「ここで…お帰りをお待ちします」
「それでよい」
信長は満足そうに頷くと、朱里の顎を指先で持ち上げた。
唇が重なり、そっと触れるだけの口付けが交わされる。
信長は満足げに微笑むと、名残を惜しむようにゆっくりと唇を離した。
「行ってくる」
翻った陣羽織が夜風を切る。その背中は誰よりも大きく、力強い。
(必ず…ご無事でお戻り下さい)
祈るように胸の前で手を組み、朱里は信長の姿が闇に溶けて見えなくなるまで、じっとその背中を見送っていた。