第1章 手に取ったのは
しがみついて動かない私に気づいた椿が視線の先に気づいて息を呑む。心臓がうるさい。見間違いであって欲しい。気の所為であって欲しい。祈りながら二人で一歩一歩近づいていく。暗いから違うかもしれない、どうかそうであってと願っていたのだが、目の前にあったものは残酷だった。新たな模様を作りつつある真っ赤に染っている着物。ところどころ引っかかれて、噛みつかれて肉がえぐれている身体。首はネジ切られていて、少し離れたところでボロボロになった身体を諦めたように見つめていた。
「ぁ…ぁ……」
言葉が、出なかった。急に体が重くなって座り込んでしまう。息の仕方が分からない。短い浅い呼吸になってしまう。泣き叫びたいはずなのにどうしたらいいのか分からない。身体から、血が流れ出ていったみたいにどんどん冷えていく。
「椿…ねぇ、椿…」
隣で立ち尽くしている椿の着物の裾をなんとか握って見上げれば、呆然と牡丹姉さんだったものを見つめ、静かに涙が頬を伝っていた。
「……八重、刀、あるんだよな…?」
流れる涙をそのままに聞かれて、こくこくと頷く。
「お前は、猟師のおっさんの所まで走れ」
私の持っていた刀を掴みながら言われてえ、と聞き返すりお前はって、椿はどうするつもりなんだろう。
「椿…は…?」
「俺は、ここで時間を稼ぐ」
時間を稼ぐって、追ってきているかも分からないのに、椿はそれ前提で話を進めようとする。
「二人揃って追われるより、どっちかに集中させた方がいいだろ」
「やだ…やだよ、椿も一緒に行こうよ、私ひとりじゃ行けないよ、牡丹姉さんもこのままにできない!」
ここで別れたら、もう会えないと思った。春子姉さんもどこにいるか分からない、もしかしたら牡丹姉さんと同じことになっているのかもしれない。そうしたら私は椿と二人きり。椿まで居なくなるなんて耐えられない。
「いいから早く行け八重!」
「やだ行かない!椿も一緒に行かないなら行かない!」
やっと出た大きな声で拒否した途端、頭上でガサガサと笹の葉が揺れる音がした。見上げるより前に椿が舌打ちしたと思ったら私を抱えて上から降ってきた何かをかわした。