第1章 淡雪に燃ゆる想いを
side.猗窩座
俺は土の上をズカズカと歩く。葉を踏みしめて、苛立ちを殺すように黙々と前を行く。琵琶女に移動先を伝えるのを忘れていたからか、陽の当たらない森の中だが、なぜか街の近くに飛ばされた。遠くの方で人間達の雑多なざわめきが聞こえてくる。
「ねぇ」
後ろから女の細い声が聞こえてくるが、振り返らずに先を進んだ。
「ちょっと」
引き止められたが、それでも無視する。
「待って。あたしの話…っ」
砂を激しく踏み締める音が近づいてきた。
「待てって言ってんじゃん!」
後ろから追いかけてくる足音が早くなる。他の鬼と違って、彼女からは不思議と鬼の気配がしない。どちらかというと人間に近いような、生きてる感じがするのだ。
「猗窩座!!」
そんなことを思っていた瞬間、大きな声で名前を呼ばれる。それと同時に手首を強く掴まれ、ガクンと身体が傾いた。振り向きかけた俺の顔を覗き込んだ彼女と目が合う。
「やっとこっち見た」
力強い瞳をしてる彼女。目を丸くした俺は咄嗟に女の手を振り払おうとしたが、その前に手首を離された。俺をかわした女は悪戯っ子みたく口角を上げた。
「女の子には優しくしなよ」
俺を指差しながらそう言う彼女。なにやら無限城に居た時と打って変わって雰囲気が違う。
「ほんと、あの変な城で死ぬかと思った」
「…………」
「あの時はびっくりして何も出来なかったけど、よくよく考えたらすっごくムカつく!」
表情をコロコロと変える彼女に、俺は思わず気圧される。しかも何も出来なかったと言うけど、後から俺の顔を見事に殴ってた。
あれもこれもとよく喋る女に「うるさいぞ」とだけ言えば「そっちもね」と被せ気味に言われた。どう反応していいか分からない俺は彼女から視線を逸らす。だが彼女は構うことなく俺の背中を追いながら話を続ける。
「お腹すいた」
「………」
「鬼になってから何も食べてない」
「…………」
「甘いもの食べたい。すぐそこだし街まで行こ」
「一人で行け」
「え?なんで一人で行かなきゃいけないの?首絞めたの悪いと思うなら来てよ」
「…………」
今日何度目かの沈黙。扱いがわからない。苛立ちを通り越して、もはや戸惑いの域に達してる。無惨様に命じられたとはいえ、俺は早くも彼女を同じ場所に連れてきたことを後悔していた。