第1章 淡雪に燃ゆる想いを
今夜もお風呂を借りるために、あたしはまたもや童磨の屋敷へ足を運んでいた。あの空き家には古い風呂しか無いし、綺麗なこっちの風呂が気に入ってる。
やはり猗窩座には「いくな」と言われたが、お風呂に関しては死活問題なので何を言われてもどうすることも出来ない。
「なにがあっても知らんぞ」
「風呂借りるだけだってば。あわよくばご飯も食べる」
「…もう好きにしろ」
血まみれで泥だらけ、汚い着物を着た女の子に向かってよく風呂へ行くなと言えるな。
さっきだって、助けに来てくれたんじゃなくて運がいいとか意味のわからんことを言うし。あたしに怖い顔をしてから、さっさと何処かへ消えてしまった猗窩座に向けてあっかんべえをしてから、あたしはまた施設の門を叩く。
◇
「心配しているんだよ」
無事に館へ入れてもらい、廊下で先程の出来事を童磨に話せば彼はあたしにそう告げた。
「君が女の子だから、俺の住むこの屋敷に来させるのを猗窩座殿は躊躇ってるのかも」
「そうかなぁ…」
「そうさ。今日だって鬼に喰われそうになっていた君を助けたんだろう?だけど猗窩座殿は助けたなんてきっと言わないな」
「…ふぅん」
猗窩座は素直じゃない。思った事をすぐに口に出すのは彼にとっての美徳では無いのか。耐えて耐えて、耐えた先でまた耐える。そしてそれが悪態になる。だから素直で無い。でもそこが鬼の割に人間臭いとも感じるし、今なら少しの愛おしさすらも感じる。
「猗窩座殿が気になるかな」
ニコリと笑った童磨にそう聞かれた。気になると言うよりは引っかかる感じだが彼に尋ねられるとそんな気もしてくる。
「分からない。気になってるのかな」
「恋してるんだよ、きっと」
「えっ、こい……?」
童磨の口から出た思いもよらぬキーワードに驚くあたし。まさかの台詞だった。頭を左右に振って否定する。
「そんなのじゃ…ないと思うんだけど」
「自分では気付かないものだよね」
「……………」
「お風呂そっちだよ」
突き当たりを右、と廊下の端を指さした彼。何とも言えない奇妙な感じを残して、童磨はあたしを風呂に追いやる。ドキドキでもなくモヤモヤでもない。変な気持ちのまま、あたしは俯きつつ風呂へ向かった。