第1章 淡雪に燃ゆる想いを
SIDE.猗窩座
日が暮れた頃、女の気配がする場所へ向かうと、見知らぬ鬼と花子が深い洞窟の中に居た。鬼に襲われたのか、花子の血の匂いが洞窟の周りに充満してる。でも生きている感覚があるから、花子はまだ死んでない。
「本当に運の良い女だな」
目の前に現れた俺を見る彼女の瞳は、あの時とは違った。縋(すが)るような、待ち焦がれていたようなそんな顔で俺を見上げたのだ。
花子を下敷きにしている鬼は俺を見て目を丸くしたが、俺の手によってすぐに首が落ちた。
「なぜ猗窩座様が、人間に……、」
首を切られて、消える間際にそう呟いた鬼。そしてボロボロと粉のように胴体もろとも消えていった。
ゆっくりと体を起こして、花子は確認するように俺を見上げる。
「猗窩座」
俺の名前を小さな声で呼んだ後、彼女はゆらりと立ち上がった。
「何してるんだ。こんなとこ、で…」
言いかけた言葉は彼女の強い突進で掻き消される。何ら迷う事なく俺を目掛けて飛び込んできた花子の体は冷たく、小刻みに震えていた。
「……遅い」
低い声で呟いた彼女の大きく晒された足から目を逸らす。俺は自分の着ていた着物を脱いで彼女に渡した。
「何か別のものを着ろ」
彼女の血は少し特殊だ。長い時間匂いを嗅ぐと脈拍が上昇し、酩酊(めいてい)しているみたいになる。
そうは言っても、相当怖かったのか彼女は俺に抱きついたまま動かない。強い稀血の香りに頭がグルグルしてくる。さっさと引き剥がそうと今一度彼女に声をかける。
「…花子、さっさと服を」
そこまで言った瞬間、彼女がふっと俺を見上げた。そして驚いたように俺を見つめる丸い瞳。
「なんだ……」
「初めて名前呼んだ…!」
「…名前?」
「あたしの名前!呼んだ!」
興奮したように俺へ縋り付いてくる彼女に、足元がぐらりと揺れた。分かったからと言うように、俺は花子の肩を強く押し返す。
「いいから服を着てくれ」
「わかった…」
少しは落ち着いたのか、呟いた彼女はようやく俺から離れて、洞窟に落ちていたカバンの方へ歩いていく。洞窟の中に入ってく彼女とは反対に、俺は大粒の雨が降る外に出た。
打つような雨粒が俺を濡らし、体に付いた彼女の赤い血を流す。俺は瞼を閉じて少し前の事を思い出そうとした。