第1章 淡雪に燃ゆる想いを
目にも止まらぬ速さで散り散りになった両手の指を目で追う。地面に落ちるのを身終える前に、痛覚が悲鳴を上げた。あまりの激痛に思わず顔を歪めて叫びそうになったが、目の前にいる鬼の指が口の中に押し込まれる。
「叫ぶな。他の鬼にバレるだろ」
「う………っ、ぐ」
「回復、してないな」
口内に押し込まれた指は吐き気を催すほど血の味がした。こいつは人間をいっぱい殺してる。しかも幼い子ばかり、酷い。眉をひそめたあたしは一気に歯に力を込めた。
「おっと、噛むなよ」
何かを察知したのか、その鬼はサッと手を避ける。喉にあった異物がなくなり咳き込むが、あたしの指は元に戻っていない。その証拠に、気絶しそうなぐらい手の先が痛い。もはや感覚がバカになってきた。だけど治し方が分からない。この前はなんで治ったんだろう。思考回路が無茶苦茶になるあたしをじぃと見下ろす鬼。
「…お前、こうしてよくよく見ると愛らしい顔立ちをしているな」
目の前に立つ鬼がポツリとそう言った。あたしはその瞬間、鬼の言いたい事が手に取るようにわかった。頭から足先までゾッと血液が降りる感覚がして、心臓が不安定に激しく鳴る。そして鬼の大きな手が着物に伸びてきた。
「や……、嫌だ…」
あたしの着物の襟下を掴み、構う事なく大きく引き裂いた鬼。足の方から腹まで裂けた生地から覗く生足。血がベッタリと付いた鬼の手が肌に触れたとき、凄まじい嫌悪感と共に強い屈辱感があたしを襲う。
「やることやったら、さっさと殺して美味しく頂いてやるさ」
鬼にも性的な欲があるのか、こんな時にも淡々とそう考えた。だがしかし足は震える、唇も、声も、全部。
「恨むなよ」
唇の裂けた鬼がニヤニヤしながらそう言った。何故あたしがこんな目に。せっかく団子を買って、猗窩座と。
団子は何処だと洞窟内を見渡せば、指と一緒に遠くの方へ飛ばされてた。それを見て胸の奥が苦しくなった。短い鬼生活、こんなにあっさりと無様に死んでしまうのか。鬼を睨むように見上げると、じくじくと痛む指先が熱を持ち疼(うず)いた。
「本当に、運の良い女だな」
洞窟に響いた低い声。雷鳴が轟(とどろ)く荒々しい豪雨の中に、彼の影が見えた。