第1章 淡雪に燃ゆる想いを
凄まじい雷鳴が洞窟の中でごうごうと轟(とどろ)く。激しい閃光の先には、大きな鬼が立っていた。
本当に大きい。この前見た鬼の二倍はある。
鬼はあたしを見て「お前美味しそうだな」と言った。こちらを見て笑うその口は、耳の近くまでパックリと裂けてる。瞳の色は真っ黒で、臭いと思っていたのはその鬼が手にしている生首からしている異臭だった。あれは人間の首だ。分かる。しかも鬼殺隊、それにまだ幼い。
団子の包みを持つあたしの手が震えて、思わず腰が抜けそうになった。
「うわぁ……!」
近付いてくる鬼から後退りすれば、岩に足を取られてその場で転んだ。
「あたし、は…」
自分も鬼だと言おうとしたけど、一瞬そこで躊躇(ためら)った。本当に鬼なのかと、認めてしまっていいのかと自問自答してしまったのだ。
濃い血の匂いがする鬼が生首を捨てて近寄ってくる。転がった首の、悔いだらけの哀しそうな眼がこちらを見た。"まだ死にたくない"の顔だ、そう思った。心臓が飛び出そうなぐらい痛い、あの表情。痛々しい感情。あたしの呼吸がぐちゃぐちゃに乱れる。ハァハァハァと自分でも息をしてるのか、それともしてないのか分からない。
「変な匂いの人間だな。やけに鬼臭いぞ」
「……………」
「こいつは稀血なのかもしれない。変わった匂い………肉はさぞ美味いんだろうなァ…」
楽しそうに一人で呟く鬼の、何処かで聞いたことのあるセリフ。稀血がどーのこーの。だがそれを聞くときはいつも嫌な事が起こっているときだ。
あたしの目の前に立った鬼。殺されると思ったが、尖った爪の生えた手であたしの顔を強く掴んだ。そしてあたしの顔をジロジロと眺めて口を開く。
「まさか鬼か?」
頰に爪がきつく食い込んだ。あたしの顔を鷲(わし)掴みにする手を掴み返す。湿った岩に座ったせいで、着物に水がジワジワと染み込んできた。あたしは、あたしを鬼だと疑う鬼に問う。
「鬼に見えるの…」
「見えはしない。ただ変わった匂いがするだけだ」
「もし…鬼だったら見逃してよ」
「ああ。それが本当なら、な」
鬼が言葉を吐いた瞬間、鬼の手を掴んでいたあたしの指がびゅっと吹き飛んだ。