第1章 淡雪に燃ゆる想いを
SIDE.炭治郎
ひとしきり泣いたあと、不意に顔を上げた彼女は赤い頰をしたまま俺に言った。
「急に泣いてごめん」
充血した目を強くこする花子に、俺は気にしないでと頭を左右に振る。
「炭治郎を見てたら悲しくなっちゃた」
「……………」
「あたし、自分が何か大事なことを忘れてる気がするの。沢山の記憶の片隅で、何かがぽっかりと抜けてる」
それが思い出せないのが悲しいのかもと彼女は言う。そしてゆっくりと立ち上がり、グッと伸びをした。
「よく知らない人の前でこんなに泣いたの初めて」
でもスッキリしたと笑った花子。もう悲しい匂いはしないけど、やっぱりほんのりと鬼の香りはする。
鬼殺隊として、それは見逃せない事実なのだ。だけどどう尋ねればいいのか分からない……そう思っていたのも束の間。
「信じないと思うけど」
泣いたばかりの顔をした花子は、俺を見てニコリと笑う。口の端にぎらりと光る尖った八重歯。
「あたしね、鬼なの」
突然の告白に俺の心臓がギュンと跳ねる。でも間合いを取ろうとは思わなかった。だって花子からは悪意が感じられないから、咄嗟に準備が出来なかった。
「あたしが鬼だって信じる?」
「信じる…」
「ならあたしを殺す?」
「…殺さないよ」
「ならいいや。あたしも炭治郎を殺せないし」
だって優しい匂いがするからと彼女は笑った。
「君にも匂いがわかるの?」
「分からないけど、言ってみただけ」
まるで彼女の中にいる人間と鬼とが戦ってるみたいだ。恐らく今回は人間にある理性が働いたのか。それを踏まえても花子は危険な人物では無さそう。
そう思っていれば、俺のカラスが真上に飛んでくる。何やら近くに鬼が出たらしい。喋るカラスを間近で見た(名前)は驚くどころか「よく躾けられてるね」と面白そうにカラスを眺めてる。
「すまない。もう行くよ」
イソゲと急かすカラスに連れられるように俺は立ち上がった。彼女はニコニコと笑ったまま俺に手を振る。
「またね」
彼女はきっと禰豆子みたいに鬼と人間の間の存在なのかもしれない。それなら彼女のこと、上に報告しないと。そう思いながら、俺は花子に手を振りその場を後にする。