第1章 淡雪に燃ゆる想いを
SIDE.炭治郎
「早過ぎたかな」
急いだ訳でもないし、焦った訳でもない。理由は分からないけど、何故か約束の三十分も前に来てしまった。茶屋の人に待ち合わせだと伝えると、外の席に案内された。椅子に腰掛けて街を行き交う人達を眺める。何度来てもここには慣れない。グルグルと目を回しながらも俺は考えていた。彼女のこと。
彼女の名前は花子。これから花子と会うことを、善逸達にはもう伝えてあった。見知らぬ女の人を助けたらお返しをと言われた事と、彼女からは少しばかり鬼の香りがする事も。
伊之助は気味悪いから行くなと言ったが、そう言うわけにもいかない。
だって彼女は鬼の匂いがするのに、人間でもあるのだ。だが鬼舞辻無惨のように鬼という事を隠しているが、隠しきれない強大なパワー…という感じでもない。
これはもはや根拠無き直感でしかないのだ。なので今日は、疑問を確信に変えるために来たのもある。
「炭治郎」
不意に名前を呼ばれる。顔を上げると、昨日と全く同じ顔をした花子が俺の前に立っていた。
でも少し様子がおかしい。手には不自然なぐらいパンパンに詰まった鞄を持っているし、今日は少し鬼の気配が強くて、それに重ねるように彼女からは何やら悲しい匂いがする。
「待った?」
「いや、今来たばかりだよ」
尋ねてきた彼女に頭を左右に振ると、ホッとしたように少し笑った彼女。なぜか大荷物の彼女はゆっくりと俺の隣に腰掛けて、小さく溜息をついた。
「あたし、ついさっきまで家に戻ってて、不意に約束を思い出したの。すっぽかすところだった」
笑いながら言う彼女だが、悲しい匂いが濃くなっていく。俺は我慢出来ずに花子に聞いてしまった。
「何か悲しい事があった?」
そう尋ねると、唐突な俺のセリフに驚いたのか彼女の目が点みたいになる。
「どうしてそう思うの?」
「だって、君からは何か悲しい匂いがするんだ。だからここに来るまでに何か嫌な事があったのかなって」
すると彼女は吹き出すように、ふふと笑った。
「悲しい匂い?そんなものが分かるの?炭治郎は不思議なことを言う人だね」
「……いや」
「悲しい匂いってどんな匂い?」
「深い意味は……」
無いんだと彼女の顔を見てギョッとする。眉をひそめた花子は、ポロポロと涙を流して泣いていた。