第1章 淡雪に燃ゆる想いを
「…やっぱりあたし帰ります」
ちゃっかりと出された料理を全て平らげ、空になったお膳を取りに着た男の人にあたしはそう言った。さっきの人とは違うが、白い服を着ているので彼もここの信者だろう。
「お帰りになるのですか。それなら教祖様を呼んできますね」
「あの、ご飯美味しかったです」
あたしがそう言うと、彼は小さく頭を下げて襖を閉めた。ヒタヒタと静かな足音が遠ざかっていく。その足音が消えた瞬間、タンと襖が開いた。
「花子ちゃん、帰っちゃうの?」
また音もなく来た。背後から現れた童磨にあたしは無意識のうちに戦闘態勢に入る。そんなあたしを見て彼はヘラヘラしながら首を傾げた。
「怖い顔、俺のことを今にも殴りそうだ」
「だって後ろから急に来るから」
「ちょっと驚かそうと思って」
悪戯っぽく笑った童磨。彼は明るく陽気だが、まとった雰囲気や気配無く現れるところを見るとやっぱり鬼だ。
「ご飯ありがとう。あたし帰る」
「つまらないなぁ…もっと居てもいいのに」
「だってここ生臭いし、凄く陰気で気が滅入るの。ご飯は美味しいけど」
「信者の皆は居心地がいいと言うよ」
童磨は残念そうに唇を尖らせるが無理に引き止めようともしない。何故かあたしを玄関先まで送ってくれた。
「きっと猗窩座殿が外にいるよ」
「え、どうして?」
「まぁ出てみればわかるさ」
言われるままに玄関から興信所の扉を開いた。外はもう真っ暗で、シンと静まり返っている。あたしは辺りを見渡したあと童磨を見上げた。
「…………いないよ」
「俺が居るから出てこないのかな」
「ふぅん…」
「俺は嫌いじゃ無いんだけどなぁ」
童磨は何が面白いのか笑いながらそう言った。常にヘラヘラしているので本音が掴み取れない。
「また遊びにおいで」
「いや……どうだろう…」
「きっと来るさ。今度はゆっくり君の話を聞かせてよ」
あたしは肯定も否定もしなかった。彼は気にする様子もなく「それじゃあ」と屋敷の中に入っていく。他の鬼達とは違い物腰柔らかで、もし鬼ではなかったらいい人なのだろうか。信用するにはまだ早すぎると自分に言い聞かせて、さてどこに行こうと歩き出す。