第1章 淡雪に燃ゆる想いを
美味しいご飯という餌にまんまと釣られたあたしは、大きな木造の建物に案内された。それがあまりにもきちんとした建物なので思わずギョッとする。
「あたし勝手に入ってもいいの?」
「構わないよ」
「それって童磨が決めて大丈夫なやつなの…?」
スタスタと前を行く童磨。建物に入った途端ツンと鼻をつくにおい。さっき嗅いだ匂い、鉛の臭いだ。
中には複数の人間達が居て、なぜか崇めるように彼へ頭を下げる。すると真っ白の着物を着た男の人が童磨のもとへ駆け寄ってきた。
「教祖様、こちらの方は」
「俺の客人だ。彼女にご飯を出してあげて欲しいんだ」
「えっ、教祖様?」
驚いたあたしは彼を見上げた。怪しげに扇子をちらりと揺らした童磨を指差す。
「教祖って…だってあなた……」
鬼なのに、と発しかけた。だが彼の眼が鋭く光り、何かを訴えてきたから咄嗟に口を紡いだ。そうか、彼は人を騙して人間になりきっているのだ。
「こちらへどうぞ」
あたしは広い和室に通される。
「すぐに料理を持ってきますね」
そう言って白い着物の男は部屋を出て行ってしまった。童磨は奥の部屋へ消え、ポツンと一人取り残されたあたし。
「本当に来てもよかったのかな…」
あたしも童磨に食べられるのかも。
独り言を呟くと、閑散とした部屋に自分の声が響く。教祖である彼がここでどんなものを唱えているかなんて興味は無いけど、多分彼はここで幾らかの人を喰ってる。人間を食ったであろう鬼でも普通に生活出来る事は異様で複雑だ。
それにしても凄まじい血肉の臭い。ここに住む人間達は分からないらしい。あたしも鬼じゃなかったら、この鼻の曲がりそうな異臭にも気付かないのか。それか、まだどこかに死体が転がっているのかもしれない。
「お待たせしました」
声と共にスッとふすまが開く。先程の着物の男の人がお膳を持って部屋に入って来る。部屋の隅に座るあたしの前に料理を置いて、何かを話す訳でもなくそそくさと出て行った。
「………………」
お膳に並ぶ見事な懐石料理。童磨もこれを食べたりするのだろうかと考えながら、あたしは静かにいただきますをした。