第12章 勇気(跡部景吾)
跡部は颯一郎の部屋を後にし、頼華の部屋に向かいながら颯一郎の言っていたことが頭を過る。
頼華の本当の苗字は紫咲らしい。今名乗っている苗字は頼華の母親の姓で母親は幼い頃に亡くなっている、と。こちらでは計り知れない程に名前を名乗るのが難しいことで、母親の姓なら、と颯一郎が決めた事だった。
そしてそれとは別に1番大切な事を颯一郎は教えてくれていた。
己を守れるのは己しかいないという信念を持つようになった頼華の事だ。そもそもそうなってしまったのは、頼華がまだ幼い頃母親がまだ生存していた頃の話らしい。その当時、紫咲と名乗っていた頼華は母親と共に出掛けていた際に所謂抗争、というものに巻き込まれた。母親は頼華を庇って亡くなり。頼華も胸元に真一文字に刀傷を背負ったという。
「…胸に刀傷、か」
跡部は思った。頼華が己を拒んでいたのも普段の私服が胸元が決して見えないようになっていたのも、それが原因なのだ、と。確かにワンピースを作らせた時にしきりにデザインを気にしていた頼華がいた。
───頼華には幸せになって欲しいんだ
颯一郎のその言葉が頭を巡る。裏の世界でなく表でしっかりと真っ直ぐにただ幸せになって欲しいのだという颯一郎の願い。父親であれば皆そうだろうな、と跡部は思いながら頼華の部屋の扉をノックした。
「…頼華?」
再度ノックするも返事がない。扉を開けるとそこにはベッドで丸くなって無防備な姿で寝る頼華がいた。
「…ん…あと、べくん…」
寝言だろうか。頼華が己の名前を呼ぶ。無性に触りたくなり頼華の頭を撫でると彼女は目を覚ました。
「ん…跡部くん…!?」
あ、寝ちゃってた。とはね起きた頼華。
「…待たせたな」
「んーん、大丈夫」
「なぁ、頼華。」
「どうし─────!!」
跡部は頼華をベッドに組み敷いた。その行動に顔を赤く染め上げる。
「え、跡部くん、待って…!」
「…親父さんから聞いた。」
ツーっと彼女の胸元をなぞればぴくりと反応する身体。
「!!……引いた、でしょ?」
「……はぁ、」
跡部は頼華の言葉にため息を吐いた。