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忍ぶれど色に出でにけりわが恋は物や思ふと人の問ふまで

第2章 仕事をする者


この地が抱えた噂はよく聞くたぐいの話だ、貿易商人が己の懐を温めるような露骨な商法を取るも代官は見て見ぬふり。苦しむ人々はあちらこちらで不満を爆発させ喧嘩もする。

九郎太は忍び装束を身にまとい、代官の屋敷の屋根裏へと潜み様子をうかがっていた。
だがなんてことはない、貿易商人がやってきて代官へ定型的な皆が喜ぶ「山吹色の菓子」を差し出すのだから確定である。

其処を抑えたからといって九郎太が行う事は断罪ではない。お天道様の前に悪党どもを引きずり出す事では断じてない。彼が行うのは取引。
よき時を見計らってすべて聞かせてもらった、その悪巧みに混ぜてもらおうかと持ち掛ける事。

後でやってくる、付き人をつけた老人を殺す手伝いをしてくれればそれでいいのだ、と。

証拠を掴む事が出来ればそれでよい。九郎太はその場を去ろうとする。

「ではお代官様、あの岡場所一の遊女を連れて参りましたので、どうかどうかお楽しみください」
「おお真か!気が利くではないか」
――その会話に、足がぴたりと止まった。
「真葛であろう?ここどころか、日本中を探したとてあれ以上の女はおるまいて」

下品な代官の声。
襖が開いて、奥からその場に不釣り合いなほど美しい女が入る。
目を伏せて神妙にしているその姿からは慣れからのもので悲壮感も不安感も感じられない。

腹の底に、不快さが滲む。九郎太が屋根裏に潜んでから二人の会話を聞いていたがとてもじゃないが知性を感じられない、使える物は使おう、扱いやすそうである事しか利点がなくどう考えても成功率は低いように思われた。
代官の方などまるでガマガエル、本当に人間であるかも疑わしい。

それが、この土地を支配し私腹を肥やしているのだから頭が痛い。
喋るだけで知性があふれる遊女を、どう扱うかなど、語るべくもない。

だが、そんな感傷をすぐに頭の端に追いやる。布団の上に転がされた真葛に覆いかぶさるガマガエル、彼女の目が屋根裏に潜む九郎太と目があうように感じて一瞬背が凍る。いや、気のせいだ。彼女は何も見ていない。虚ろに視線を宙に彷徨わせているだけだ。

あざとい演技の嬌声が響き始めるころ、九郎太は取引を持ち掛けるため、先に部屋を出て行った貿易商人の後を追う。

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