忍ぶれど色に出でにけりわが恋は物や思ふと人の問ふまで
第2章 仕事をする者
遊女たちの間では昨日昼間に姿を見せた、金をばら撒いた男の話でもちきりであった。
誰もが憧れる真葛に一目ぼれでもしたのだろう、今日も来るのだろうか、きっとくるだろうよ、きっとお熱であろうよ、と花を咲かせる。
しかし真葛も可哀想にねえ、あのガマガエルに付きまとわれているなんて。あの男きっと真葛を身請けするつもりだろう?それで自分の妾にするつもりさ!
この廓から出られるのと、ガマガエルに一生を買われるの、どっちが幸せだろうかねえ。
あの長身のご浪人さんも、可哀想に、浪人さんじゃあどうにもならんだろうねえ。
番頭が嬉々とした猫なで声をあげる声が聞こえる「ああお侍様!お待ちしておりました。ほれ真葛!真葛!!」
遊女たちはきゃっきゃと喜ぶ、ほらきた。と。
二階より降りてきた真葛は眉尻を下げて笑う。
「九郎太さま、」
そして恋人のように寄り添い、指を絡める。昼見世は床入りしないのが常、それでもそれは露骨な”誘い”であった。
それを見ても番頭は咎めるような事はしない。逃してはいけない上客であることぐらい解っている、そりゃあ、手段など選んでいられないだろう。
真葛から香の匂いがする。
それが昨晩の作られた―…あの顔を知っているから作られたと断じる事の出来る嬌声が脳をよぎり、この場を訪れた理由を忘れそうになる。
「今日もお仕事ですか?」
「……ああ」
いや理由など、取ってつけたような物。あのガマガエルにひき潰される様子を見て、我慢ならなくなったのだ。一目見て惹かれ、その言葉に魅入られた――…水戸のご老公を殺害し天下を差し出そうたるする者が気に入ったものの一つ手に入れられないとしてなんとするか。