忍ぶれど色に出でにけりわが恋は物や思ふと人の問ふまで
第9章 天下泰平
さて薩摩までの旅を終え、旅に一件落着とした黄門様のその後日、お新と弥七は結婚をし江戸でお新の父親が遺した蕎麦屋を営んでいた。
また二年程の年月が流れただろうか。
「お新、お前さんに手紙だとよ」
「私に手紙?」
弥七がそう言って差し出した手紙をお新は小首を傾けながら開く。弥七も妙だとは思っている、なぜこの時期に、誰が。
開いてみればひどく綺麗な文字、
――お新の姐様、お元気しておりますか。真葛です。
その書き出しに、お新は驚きの声を上げた。
「あいつ、生きてやがったのか」と弥七は横から覗き込んでぼやく。弥七からすれば彼女は黄門様の命を狙う刺客に過ぎない。何か企み事かと気構えもする。
――あの件については、ご迷惑をおかけしました。
現代であれば(笑)でもつきそうな言葉、白々しさに弥七が眉根を潜める。
――お新の姐様には良くして頂いた身、お礼を申しあげたく、今日筆を執りました。
今、私達の場所について言葉にはできませんが、夫婦仲良くやっております、
ご安心ください、水戸のご老公のお命を狙おうなどとは最早考えておりません。
夫も同じ考えです。黄門様には天命がついていらっしゃると、私どもは兜を脱ぐこととします。
どうか、水戸のご老公におきましては末永く太平の世を導いて頂きたく思います。
ただし、
もし、私たちの命を狙い、始末をつけようと思われました際は、私たちは全力の抵抗をさせて頂きますので、そのつもりでお願いします。
そこまで読んで、弥七が「なんでえ、全然反省してねえじゃねえか!」と悪態をつく。
その先を読み進めたお新は小さく息を吐いた。
「でもねえ、私だって一度はご老公の命を狙った身さ、
私は許されて、真葛の幸せが許されないのは、それはねえ」
「おいおいお新、まかり間違っちゃなんねえよ、
お前さんは騙されていた、あいつは、あいつらは、理解した上で自発的に悪事を働いていた、だ。
そりゃあ、俺らは忍びだ、お天道様に顔向けできねえような事もするが、道理が通らねえことはしてねえんだ」
「それは解ってるんだよ弥七、でもね
私はあの子が妹のようにかわいかったんだ。
だからね、幸せになってくれるなら、それで…」