• テキストサイズ

忍ぶれど色に出でにけりわが恋は物や思ふと人の問ふまで

第8章 蛇の道は蛇



泊っていた旅籠に戻れば水をしこたま飲まされ湯船につからされ、解毒の効果があるという薬草を外から内から充てられ、そうして布団の中でまだ大分ぼう、っとした様子で真葛は天井を眺めていた。

「具合はどうだ」
「はい、だいぶ良いかと思います」
「おれが誰だか解っているか?」
「意地悪を仰らないで、九郎太さま」
「は、ははは すまないすまない」

隣に腰を下ろした男に真葛は先日の失態が恥ずかしく上手くいつも通りの調子でしゃべることが出来ずにいた。
それも薬の所為でぼんやりしているとすれば違和感もなく追及もされなかったが、

「ご機嫌、ですね?」

ただそれにしてもその男の笑い声が不思議で問いかける。
時々、悪役はこうあるべきという高笑いを聴くこともあったが、今この場では、先日の騒ぎあってはおかしい調子だ。

「うん、そうか?…そうだな、」

九郎太の手が、真葛の額におかれた。熱を測るか発汗の様子を見るかしているようだ。
自分が役に立ちたいのに看病される側になるとは情けない。

「お前、おれの女房になれ」
「……は、」
「おっとまだ…言うべきではなかったか、落ち着け、熱が上がる」
「ですが」

額にあてていた手は、真葛の横になる枕の脇に付き、九郎太は顔を覗き込むような形になる。
人相の怖い、悪人のその男の、やけに優しい目元に吸い込まれていく。

「お前が言い訳をするときは満更でもない時である事ぐらい心得ている。頭の鈍いフリをするなどという面倒も起こすなよ。嫌ではないだろう」
「…嫌なものですか、でも、でもやはり、私なんかが」
「薬で頭がやられてる方が素直で可愛げがあるものだな」

九郎太は立ち上がって、窓際に向かう。

「真葛、一度しか言わぬぞ」
「はい、なんでしょうか」
「おれはお前に惚れている」

仰天した真葛は布団から飛び上がり、眩暈を起こしてそのままふらりと片膝をついた。心臓の音が煩い―…

バタン、という音に九郎太が振り返れば、顔を真っ赤にして真葛はひっくり返って失神していた。
これはまた、納得させるのに時間がかかると、頭を抱えるが不愉快ではない。

何、仕事も上手くやって見せる、女を理由に失敗など無様な真似、二度とする訳にはいかないだろう。

黄門様一行との対決は最終局面を前にしていた。
/ 47ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp