忍ぶれど色に出でにけりわが恋は物や思ふと人の問ふまで
第1章 出会い
番頭を見つけるや否や、有名な遊郭の太夫ですら二晩三晩と買えるほどの小判を足元にばら撒く。此方が金持ちだと気づいた途端、頭の悪い守銭奴はこれでは足りないと足元を見てくる。
一太刀怪我をさせない程度に脅してやれば、まあ黙る物だがそれも莫迦莫迦しい。
番頭は足元に散らばった銭を見て、それがこの岡場所で最も高い遊女に払うのに十二分である事を理解し、慌てて拾うために床に膝をついた。その隣を九郎太は歩く。
そこに丁度、美しき遊女が偶然顔を出した。
二人はお互いに驚いたように目を見開く―……先に声を上げたのは九郎太であった。顎をしゃくって申し付ける。
「ああ、お前だ。案内をしろ」
遊女は番頭の足元に散らばった銭を見て、そして自分を名指した男の顔を見る。そして落ち着いた様子でお辞儀をしてほほ笑んだ。
先導して階段を上り、自らが客の相手をする為座敷へと向かい、自らは上座に座る。その事に対して九郎太は何も言わず、また機嫌を損ねたようには見えなかった。
「――真葛と、申します」
遊女、真葛は美しい所作でお辞儀をする。
九郎太は胡坐をかいて楽に座り、真葛はその傍に寄って杯を進める。
「酒はいい」
「まぁ。」
「それよりお前に仕事を頼みに来た」
「まあ、遊女たる私にお仕事ですか?
お侍様の頼みであれば、私に出来ることがありましたらなんなりと。」
真葛の鳩が豆鉄砲をくらったようなきょとんとした顔に、その異様な女が見せた隙に九郎太は思わず口端を吊り上げて く、と笑う。
「何簡単なこと、この土地のうわさ話を聞きたいのだ。」
「まぁ、そんな事で宜しいのですか?」
客はここだけの秘密と言って籠の鳥である外を知らぬ遊女にいろんな話を聞かせる。遊女たちはまた、娯楽のないこの箱庭で生きるために、その外の世界の情報を仲間内で共有する。そうして、彼女たちは籠の鳥でありながら実に多くの情報を持っていた。
「お客様のお名前は出せませんし、噂の域も出ませんが」
「構わん」
真葛は少し考えて、少しづつ話し出した。