忍ぶれど色に出でにけりわが恋は物や思ふと人の問ふまで
第8章 蛇の道は蛇
――血の味がする。
足が地についている感覚がなく、それでいて腕や肩、腰、あげく太ももにまで荒縄が食い込み、自らの体を宙に浮かせようとしているためひどく痛い。
流血する程の怪我は咥内だけで済んでいるようだ。
少しずつ、鮮明になる意識に思い返される記憶、真葛は不思議と冷静であった。
ああ、久しぶりだ、この感覚。
昔はよく楼主にこうして折檻されたものである、客に失礼を働いた、とか、掟も解らず逃げ出した、とか。
そうしているうちに怒られない術を身に着けていくものだ。
これは、殺すための刑ではない、だから大丈夫。
真葛は痛みを逃がすためにすうと息を吐いて、さらに状況を整理していく。
此処はどこかの掘立小屋だろうか、自分を折檻していたごろつき共は今姿が見えない。
此処に来る前は、旅籠にて笠に名前の頭文字を書き吊るして九郎太の帰りを待っていた。
夜も遅く寝てしまおうと布団に潜り込んだところで複数の男に乗り込まれ、抱え込まれて此処に連れてこられて―…
「柘植の九郎太って男を知ってるな」
と、そう来たところからこうなった筈だ。
「乱暴な方たちですね、こんな縛り上げずとも。
…柘植の九郎太ぁ?さて、聞いた事がない名前ですが」
「しらばっくれるな!お前と二人で歩いてる所を見てるんだ!」
「まぁまぁ、嫌ですね、それは私が夜鷹だからでありましょう、なんとかお誘いしようとした殿方に、そんな方がいらっしゃったかもしれませんね」
「なにをう?!お前のような夜鷹がいるものか!
でもって、夜鷹が旅籠に泊まれるものか!」
「それは私が病を持ってますから仕方ありませんでしょう
旅籠に居たのは客を待ってたからにほかなりません、
まったく、なんだっていうんですか災難な。」
なんてその場しのぎの嘘八百並べてみながらも、「で?その柘植のナントカさんがどうなさったんです?」と尋ねてみる。