忍ぶれど色に出でにけりわが恋は物や思ふと人の問ふまで
第7章 里帰り
柘植の頭領、柘植の玄斎と対面に向かった真葛は、先に仕事の依頼にきていた九郎太の後ろに控える。
話は大体まとまった後らしく、玄斎は苦虫を噛み潰したような顔で真葛を無言で無遠慮に眺める。
――やはり捻くれた印象の老人だ。
しかし流石頭領というべきか、里の忍者を纏めるだけの圧を感じる。
玄斎はしばし値踏みをするような視線を投げかけたあと、愚かしいと言わんばかりの声をあげた。
「フン、忍びは女に惚れたら終わりだぞ 九郎太」
その言葉はこの里より生まれ埋め込まれた思想か。
玄斎は真葛をみればまんまと女の色香に誑かされたと思ったに違いない。
「承知しておりまする。
が、女を孕ませねば里も滅びましょう」
この里もそうしてここまで繋いでいるだろうが、そう言いたげに九郎太は鼻で笑いながらそう言えば、ぶわり、と真葛の首筋が泡立った。
仕事上必要であるとは何度も説かれたが、”そういう心積もり”があるとは思いもしなかった、そう告げられた訳ではないが…場所と状況を踏まえれば動揺しては恰好がつかぬと思いながらもじわりと顔が熱くなり汗が浮いてしまう。
「フン、口だけはよう回る。」
「それでは失礼仕る」
退出した九郎太の後を追い、真葛も一礼し立ち上がろうとする。
「まさかあいつに女を騙す才があるとはな」
玄斎がそう、真葛を嘲るように呟いた。九郎太の耳にも届いてはいるだろう。
「…ええ、私は、地獄の底まで騙され続けているのでしょう」
真葛がそう静かに答え、立ち上がる。そうか、と呟いた玄斎の声は何処か優しく安心したようですらある。
「フン、目障りだ。九郎太がこの里を出るまでうろうろせず大人しくしておけ、飛猿に案内をさせる。」
「飛猿、」
あの高身長の男であろうか、と真葛は口の中でその名をつぶやきながら、頭領の言葉の意味をかみ砕けば、
それは里にいても良いという直々のお許しか。
彼女はその後の忍者屋敷ひと騒動を知るはずもなく、
また頭領の姿を見たのもそれが最後の事であった。