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忍ぶれど色に出でにけりわが恋は物や思ふと人の問ふまで

第6章 猿芝居



「貴様!」弾が飛んできた角度が解れば助さん格さんもまたすぐにその男が潜んでいる事が解る、

しかしその瞬間、真葛は懐から短剣を抜いて光圀を刺し殺そうと懐に飛び込んだのだ。

だが寸前の殺気に気付けば真葛など光圀にとっては赤子同然であった、片腕で往なされ「戯け!」と喝が入る、

「ご老公!!」

役人と黄門一行、そして新たに刺客で出来た三すくみ、真葛は即座に距離をとり、襲い掛かる役人にも今までのか弱い町娘の皮を脱いで短刀でもってわずかな力で刀を弾いてゆく、九郎太も傍にいた役人を斬り捨てると真葛の戻る道を拓き、懐から煙幕を取り出して放り投げる―――……





今頃は水戸の黄門様のお裁きが待っている頃だろうか。
自分から立案しておきながら任務失敗となった真葛と、女を気にして手元を狂わせた九郎太の両人はお互いにお互い言葉を放たず重い沈黙であった。

「お前―……」
「は、九郎太さま、ほんとうに申し訳―…」

九郎太の声と同時に真葛は始めるように謝罪に声を張り上げる、だが片手でそれを制され、言葉を止める。

「良い。お前は良い働きをした。
 ところでなんだ、お前、先に江戸に向かい柳沢様の元へ行け」
「は、大事な文かなにかでしょうか、飛脚をすれば宜しいので?」
「いや、柳沢様の元で面倒を見て頂け、そこで暮らしおれの帰りを待てといっているのだ」
「は?!」

これには真葛も仰天する。

「な、こ、今回の失敗は次で取り返します、罰であればいくらでも、ですから、どうか、どうか」
「違う、そういう意味ではない」
思わず泣きそうに声を上ずらせた真葛にこれは九郎太も参る、まさかこんなに狼狽されるとは思っていなかったのだ。
「わ、私は九郎太さまと一緒に居たく存じます、ですから」

お前がいると仕事の邪魔だ、その言葉投げつけるのすら躊躇われ、九郎太は口元をへの字に曲げて腕にしがみついた女を振り払うかどうかで迷っていた。

その手の迷いも、心の引っかかりも、忍びが持ってよいはずもない。その心にまだ区切りは付けられず、九郎太はもういいと呟いて、先を歩く。半泣きの女は鼻をすすりながらよたよたと後を追った。

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