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忍ぶれど色に出でにけりわが恋は物や思ふと人の問ふまで

第5章 駆け引き



忍びの基本を教え込まれた真葛は非力を弱点とするものの、九郎太の目利き通りの役立ちを見せた。嘘の噂の吹聴に情報収集お手の物。
顔を隠さねば三歩歩けば色に誘われ、ひとたび言葉を交わせば確実に人相を覚えられといったことが致命的な欠陥となって浮き出る事を除けば、だが。

汗に乱れた髪をぐいと直し、行商人を捕まえて購入した体洗い用の米糠を調合したものなどを懐に入れて、赤石呑龍軒なる看板を掲げた道場へ入ってゆく。

黒川玄十郎という、かつて九郎太が手を組んでいた男が今赤石と名を変えその道場主をしているらしい。髪をすべて後方に撫でつけた男がぬっと姿を現した。
九郎太から話は通っている筈ではあるものの、想像よりもずっと小柄で若い、綺麗な娘が現れた為、虚を衝かれてしまう。

「あ、アンタか、話に聞いてた真葛って女は」
「一晩ご厄介になります」

あからさまな驚き顔を戻せない黒川のその後ろに、九郎太が現れる。
途端、真葛はぱっと花を咲かせたように顔を明るくさせ、駆け寄ろうとして―…ぴたりと足を止めて赤面し顔をそむける。
「なんだ」
この女、何か仕事を成しては尻尾を振る犬のように飛びつかんばかりに駆け寄ってくる。それが最早当たり前のように思っていれば今日に限って躊躇いを見せる。駆けよられない事に九郎太が疑問の言葉を上げるとは黒川からしてみたら異様な光景であった。

「いえ、汗で汚れておりますので…申し訳ありませんがお湯をお借りできますか?」
「あ、ああ解った、案内をさせよう」

一例して感謝を伝え、真葛は赤い顔をはたはたと仰ぐ。
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