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忍ぶれど色に出でにけりわが恋は物や思ふと人の問ふまで

第4章 旅立ち



深い編み笠に顔を隠した九郎太の後ろ姿に、追いかけてきた藤吉が息を切らす。

「旦那、どういうつもりですか、真葛を連れてきちまうなんて、聞いてませんよ」
「何か問題でもあるのか」
「いや、問題っていうか、そういうんじゃないですけどね」
「あれはあれで忍びに向いている素質がある、
 色々と便利であろうよ。お前も使える時は使うと良い。」
「はあ…そうですかねえ…」

彼女を買って話をしたことのある藤吉からすれば、彼女はただの、柘植九郎太に恋する少女でしかない。妖艶な微笑の裏に素朴に笑う女の子だ。
その男が言う様に、聡明であったりというのは二の次で。

「柘植の旦那、おれに言いましたよね、忍びは女に惚れたらおしまいだ、って」
「ああ言った、言ったが、それがどうした」
藤吉は少しむっとする。
「お言葉ですけどねえ旦那、旦那だって遊女攫ってきちゃうってのはよっぽど」

九郎太が笠を持ち上げたので、思わず視線を合わせる藤吉だが、その目に言葉を切ってしまう。その男の表情は一切の疑問を持たず、はっきりと藤吉の言葉を否定していた。


「ふん、何を勘違いしているのか知らんが、おれが女を好いた惚れたで攫うものか。
 あの美貌だけで人は騙せる。そのうえ洞察力、人心掌握術に長けた人材、あの籠に入れて老人の相手をさせるには惜しいだろう」

「真葛は……あんたに惚れている」
「ならば水戸の光圀を殺した後、真葛が望むのならば褒美に娶ろう。
 不自由ない暮らしぐらいならさせてやれる」

真葛も言っていた癖のように鼻で笑って編み笠をまた眼の下まで被ると、藤吉は閉口してしまった。その男の声色には、男の言う通り色も恋もなく、自分と夫婦の契りを結ぶことさえも相手への褒美の一種とし気にも留めていない。
その男はどこまでも忍びであり、優秀な部下を育てたいが為に盗み、部下の働きに相応しい褒美を与えるのは当然であり、たったそれだけの事だと言わんばかりであった。

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